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[木曜セミナー・リポート]第277回日文研木曜セミナー「日本の最先端から考える―境界、遺産化、そして「島」の再考に向けて」(2023年11月22日)

2023.12.15

 20231122日(水)、「日本の最先端から考える―境界、遺産化、そして「島」の再考に向けて」と題し、277回木曜セミナーを開催しました。発表者はエドワード・ボイル准教授(日文研)、コメンテーターは楠綾子教授(日文研)、ハサン・トパチョール外国人研究員(日文研)でした。

 本セミナーでは、自身のこれまでの境界研究(ボーダースタディーズ)を鳥瞰図的な視点から紹介したいという趣旨のもと、世界各地の境界について、ボイル准教授が現地に赴いて撮影した豊富な写真資料を用いて報告しました。

 まず紹介されたのは、インド北東部、バングラデシュとの国境線に接する村にあるグラウンドです。グラウンドの付近にある国境線には、そこが国境であることは明示されているものの、フェンスやゲートはなく、ボイル准教授が訪れた2016年時点では、人々は自由に国境を行き来できました。そのためこのグラウンドでは、2カ国の子どもたちが一緒にサッカーを遊び、また定期的に、それぞれの国のものを物々交換する市が立ちました。

 この国境線のインド側に、フェンスが作られることになりました。ボイル准教授が2019年に再訪した際にはインド側にゲートが作られ、フェンスこそまだ無いものの自由に行き来できなくなり、グラウンドには工事車両が停められていました。

 実はこれらの工事には、日本も間接的に関わっています。日本は、国際協力機構(JICA)を通じて、インド北東部の道路を改善する事業を行っています。ゲートやフェンスは、この事業で改善された道路を使って作られました。ボイル准教授は、この境界地域に関する研究は、国境と日常生活の関係に焦点を当ててきたものだが、日本の支援については地政学的な検討が必要だと指摘しました。

 次に紹介されたのは、「記憶の境界」と「遺産化」についてです。2015年に世界遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」に関しては、その構成資産の一部において、第2次世界大戦中に朝鮮人、中国人労働者等が徴用されたことから、特に韓国と日本の間で大きな論争がありました。この遺産は軍艦島として知られる端島炭坑をはじめとする23の資産で構成されますが、各遺産での徴用に関する展示内容に注目が集まった他、日本政府としても、東京に「産業遺産情報センター」を開設し、国と国の論争になりました。この論争は、人々が持つ記憶が、日本と韓国で異なることから生じたものです。このように記憶は、例えば世界遺産への登録のように、空間の中に再構成されることで「記憶の境界」を引きます。この論争では、23の各遺産それぞれに記憶の境界が引かれ、また東京に情報センターが開設されたことで、首都へも境界が引かれました。他方で、ボイル准教授は、視線を各遺産に戻せば、徴用された朝鮮人労働者や中国人労働者を慰霊する記念碑が建てられる等、日本政府とは異なる立場からの遺産化も進められていると指摘しました。

 続けて紹介されたのが、ボイル准教授が研究代表者を務める日文研の共同研究会「「島」国日本を問う」に関する研究です。日本政府が領土問題に関わる島や、国境を形成する島を、展示施設やウェブサイトを開設して遺産化していることが紹介された他、第2次世界大戦中に日米各軍が戦闘を行ったパラオのペリリュー島では、博物館や石碑の設置によって日米それぞれの立場から島が遺産化されていることが紹介されました。

 そして最後には、この11月に行ったばかりの、韓国の九龍浦日本人家屋通りでの調査についても報告がありました。

 コメンテーターの楠綾子教授は、国際的であり学際的な報告であったと評し、国際政治学の立場からコメントを行いました。特に、国際政治学では国境を所与のものとして絶対視するが、今回の報告では、国境を歴史的・社会的に構築されたものとして相対化して捉えており、そうすることで、国境を自由に行き来するような現象を研究することができている、と指摘しました。

 続けてハサン・トパチョール外国人研究員は、記憶研究を行う立場から、想像の境界について、例えばある国の人々が思う国境線と、現在のその国の国境線が異なっているような事象について、ボイル准教授の見解を聞きたい、といったコメントを行いました。

 今回の木曜セミナーもオンライン開催でしたが、所内会場およびオンラインからのコメント・質問も活発で、会場ではセミナー終了後も議論が続けられました。

(文・春藤献一 プロジェクト研究員(第277回日文研木曜セミナー司会))

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