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日文研の話題

令和8(2026)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました(受賞者 彭静华氏)(2026年7月31日)

2026.09.17

 731日、令和8(2026)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました。

 本奨励賞は、次世代の日本研究者の育成を目的として、2023年に創設されました。受賞者は、日文研と学術交流協定を締結している海外の機関、又は、「国際日本研究」コンソーシアム海外会員機関(正会員)が推薦する博士後期課程の学生から選ばれるものです。(日文研学術奨励賞についてはこちらをご覧ください。)

 日文研は受賞者に対して、専任教員などからの研究支援や、日文研図書館・研究施設の利用など、90日を上限とする研究滞在の支援を行います。

 報告会では、6月から日文研に滞在中の受賞者彭静华氏より、滞在期間中における研究成果に関する報告がありました。また、彭氏の発表を受け、日文研専任教員や研究員から、質問やコメントなどが多く寄せられ、活発な議論が交わされました。

 また、今回の日文研での研究滞在を終えるにあたり、彭氏からは、以下のとおり研究報告をいただきました。

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「白川静の「東洋観」研究―その文字学を中心とした考察」

 白川静(19102006)は、甲骨文・金文の研究と中日古典文学の比較研究を通じて独自の学派を形成した、日本を代表する漢学者・文字学者である。学界では一般に「文字学者」として位置づけられる一方、白川静自身は晩年、しばしば自らを「東洋学者」と称し、「東洋」概念をめぐる論文・講演を重ねた。このアイデンティティと学界における評価との落差は、従来の白川研究において十分に検討されてこなかった問題である。本研究は、白川氏の「東洋学」がいかなる歴史的な背景と理論的な特徴のもとで形成されたかを解明するとともに、その東洋観と文字研究との内在的な関連性を分析し、彼の学術体系全体の意義を捉え直すことを目的とする。

 こうした問題意識を踏まえ、本研究は白川文字学の具体的展開を三つの方面から検討する。第一に、具体的な漢字を分析することで、殷周時代の「祭政一致」の国家形成過程を明らかにし、文字を通して東洋文明の起源を読み解いた。白川静によれば、「王」の元の字形は「大きな鉞」で、神と人を媒介する存在を表し、「史」は神への祝詞を収めた器を手にする形をして、「臣」は俘虜・奴隷・下僕を表す象形に由来する。これらの分析を通じて白川氏が示そうとしたのは、漢字は単なる「言葉を記録する道具」ではなく、あらゆる事物を概念化し、人間と世界の間に「秩序」を築き上げるものだということだ。第二に、「工」「示」「樂」などの字例に即して、甲骨文・金文に刻まれた祭祀・呪術的な経験を分析し、東アジア文明が政治共同体である以前に祭祀共同体として形成された経緯を論証する。第三に、『詩経』と『万葉集』の比較を通じて、両者に共通する生成基盤・自然観・神霊観・儀礼伝統(殷周革命後の服従儀礼と日本の国栖舞との対応関係を含む)を分析し、古典を東洋文明の連続性を支える精神的な媒体として位置づける。文字・祭祀・古典という三つの経路は、いずれかが単独で完結するものではなく、相互に参照しあいながら一つの文明史的枠組みへと統合されており、白川静にとって文字学は最終目的ではなく、東アジア文明の連続性を理解するための方法論であったことが確認される。

 1970年、白川静の『漢字——生い立ちとその背景』の刊行をめぐり、東京大学の藤堂明保との間に論争が生じた。藤堂氏は音韻学の立場から白川静の字形偏重を批判したのに対し、白川氏は文字の生成過程の検証を通じて文明の生存基盤を明らかにすることを目指し、漢字が礼儀・祭祀の記録に始まると論じた。この対立は、文字を言語の道具とみなす藤堂氏と、文字を文明の記憶を担う文化的な媒体とみなす白川氏との間に見られる、根本的に異なる漢字観であった。白川静はこれを機に文字学を古代学へと発展させ、漢字・祭祀・神話という共通の文化的な経験のうえに築かれた東洋文明共同体を再現しようとした。

 今回の日文研での研究滞在に際し、劉建輝先生をはじめ、先生方から貴重なご指導とご助言を賜ったことに、心より感謝申し上げる。また、図書館では、白川静や「東洋」概念、文字学などに関する多くの一次資料および研究文献を収集することができた。これらの資料を今後の博士論文の執筆に活かし、研究をさらに深めていきたいと思う。

(文:彭 静华 日文研外来研究員(学術奨励賞))

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