令和7(2025)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました(受賞者 金秀玲氏)(2025年11月20日)
11月20日、令和7(2025)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました。
本奨励賞は、次世代の日本研究者の育成を目的として、2023年に創設されました。受賞者は、日文研と学術交流協定を締結している海外の機関、又は、「国際日本研究」コンソーシアム海外会員機関(正会員)が推薦する博士後期課程の学生から選ばれるものです。(日文研学術奨励賞についてはこちらをご覧ください。)
日文研は受賞者に対して、専任教員などからの研究支援や、日文研図書館・研究施設の利用など、90日を上限とする研究滞在の支援を行います。
報告会では、9月から日文研に研究滞在していた受賞者金秀玲氏より、滞在期間中における研究成果に関する報告がありました。また、金氏の発表を受け、日文研専任教員や研究員から、質問やコメントなどが多く寄せられ、活発な議論が交わされました。
また、今回の日文研での研究滞在を終えるにあたり、金氏からは、以下のとおり研究報告をいただきました。
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「1920年代満洲における朝鮮人と中国人移民と労働に関する日本の知識生産:満洲『ボーダーランド』社会様相」
日本帝国における満洲への中国人・朝鮮人の移住に関する先行研究では、主に1930年代に焦点を当て、1920年代の出来事は満洲国建設という「必然的」な結果を説明する背景として取り扱う傾向がある。その結果、1920年代の満洲での日本の影響力を拡大解釈することにつながっている。さらに、満洲内の社会構造は満洲社会内の漢人地主と朝鮮人小作人という関係とそこで発生する民族間葛藤を一般化する傾向がある。しかし満洲は、中華民国、日本帝国、欧米の帝国主義勢力、華北の軍閥、モンゴル独立勢力、朝鮮独立勢力、ソビエト連邦が経済的・政治的に競合する「ボーダーランド」であり、日本の社会科学者たちは、満洲の様々な地域における朝鮮人・中国人の移住や定着パターン、社会構造、労働を研究することで未知の土地の経済的・政治的可能性を測ろうとしていた。この発表では、これらの研究を分析することで、満洲での「ボーダーランド」社会の様子を考察する。
1920年代の満洲社会には異民族間での相互協力があり、それに基づいた強いネットワークがあったことがわかる。1920年代の初めから、中国官憲は奉天附近に朝鮮人が「外人部落」を形成することなどに注目し、奉天水利局は朝鮮人の水路利用に関して日本に損害賠償を請求するなど、「在満朝鮮人問題」或いは在満朝鮮人の日本国籍は日中間の紛擾の要素となっていた。中国側は、日本が在満朝鮮人を利用し中国の主権を侵害するとし、在満朝鮮人に対する「圧迫」を増やした。この「圧迫」は、当時のメディアで報道されたように単純化するのは難しく、さらに、地域によって異なる。1926年から朝鮮人に対する小作契約条件などが厳しくなったのは事実であるが、朝鮮人の集団移住や大混乱は無かったことから、その実効性は疑わしく即座に結果を招いたとはいえない。満洲社会では、朝鮮人と中国人の間での相互依存とそこに基づいたネットワークの方がより強く作用したとも言える。さらに、在満朝鮮人社会では「帰化説」が相当有力であり、中国官憲に対し自ら韓僑は中国の移民社会の一員であることを強力に訴えていた。さらに、奉天、長春、安東などの重要都市の工場では、日本人と中国人あるいは中国人と朝鮮人が共に協力しストライキした例もみられる。満洲はより多様で複雑な社会構造であったことがわかる。
貴重な研究の機会を与えてくださった国際日本文化研究センターの皆様に厚く御礼申し上げたい。日文研での貴重な経験を、今後の研究に活かしていきたいと思う。
(文: 日文研外来研究員 金秀玲(学術奨励賞))