令和7(2025)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました(受賞者エリアス・ブカールト氏)(2025年7月23日)
7月23日、令和7(2025)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました。
本奨励賞は、次世代の日本研究者の育成を目的として、2023年に創設されました。受賞者は、日文研と学術交流協定を締結している海外の機関、又は、「国際日本研究」コンソーシアム海外会員機関(正会員)が推薦する博士後期課程の学生から選ばれるものです。(日文研学術奨励賞についてはこちらをご覧ください。)
日文研は受賞者に対して、専任教員などからの研究支援や、日文研図書館・研究施設の利用など、90日を上限とする研究滞在の支援を行います。
報告会では、6月から日文研に研究滞在していた受賞者エリアス・ブカールト氏より、滞在期間中における研究成果に関する報告がありました。また、ブカールト氏の発表を受け、日文研専任教員や研究員から、質問やコメントなどが多く寄せられ、活発な議論が交わされました。
また、今回の日文研での研究滞在を終えるにあたり、ブカールト氏からは、以下のとおり研究報告をいただきました。
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「江戸時代写本における五臓論に関する思想的ネットワークと医療方法」
本研究は、江戸時代における仏教と医学の関係を明らかにすることを目的とし、五臓六腑および鍼灸療法に関する一群の写本を中心に考察を行っています。従来の研究では、漢方医学や蘭学が主に注目されてきましたが、本研究では、密教的な仏教知と医学理論が密接に交差する、あまり知られていない資料群に光を当てています。
研究の中心資料として、国際日本文化研究センターに所蔵されている、江戸後期の巻物「五臓六腑図」(仮称)があります。この写本には、内臓の図解、五行に基づく図表、さらに五色の阿字や五輪塔といった密教の象徴が描かれており、宗教的象徴と生理学的知見の融合が見られます。
調査対象となった江戸期の写本は、中世密教における五臓曼荼羅などの伝統に強く依拠しています。ただし、中世の資料が主に儀礼や瞑想に重点を置いていたのに対し、江戸期の資料には解剖図や鍼灸などの実践的な医療知識が組み込まれており、宗教と医学の革新的な統合が見て取れます。
こうした思想は寺院内や私的な実践にとどまらず、幕府の医師の記録にも類似の概念が確認されています。これは、密教的身体観が江戸時代後期の公式な医療思想の中にも存在していたことを示しています。
これらの成果は、仏教に基づく身体観が近世期にも継承され、さらに展開していたことを明らかにしています。儀礼的な知識と臨床的な実践が交差するこの現象は、宗教と医学の伝統的な境界の再考を促すものです。
また、日文研での研究滞在中には、ベルギーでは入手困難であった多数の一次資料および重要な二次文献に直接アクセスすることができました。歴史研究においては、歴史的出来事、社会政治的背景、国際的な交流や交易、当時の多様な説など、多面的な要素の考慮が不可欠です。これらの新たな視点に触れたことで、いくつかの仮説を再検討・精緻化する契機となり、本研究の精度と深度を高める結果となりました。
(文:エリアス・ブカールト 日文研外来研究員(学術奨励賞))