令和6(2024)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました(受賞者オレクサンドラ・ビビク氏)(2024年12月5日)
12月5日、令和6(2024)年度 日文研学術奨励賞報告会を開催しました。
本奨励賞は、次世代の日本研究者の育成を目的として、2023年に創設されました。受賞者は、日文研と学術交流協定を締結している海外の機関、又は、「国際日本研究」コンソーシアム海外会員機関(正会員)が推薦する博士後期課程の学生から選ばれるものです。(日文研学術奨励賞についてはこちらをご覧ください。)
日文研は受賞者に対して、専任教員などからの研究支援や、日文研図書館・研究施設の利用など、90日を上限とする研究滞在の支援を行います。
報告会では、10月から日文研に滞在中の受賞者オレクサンドラ・ビビク氏より、滞在期間中における研究成果に関する報告がありました。また、ビビク氏の発表を受け、日文研専任教員や研究員から、質問やコメントなどが多く寄せられ、活発な議論が交わされました。
また、今回の日文研での研究滞在を終えるにあたり、ビビク氏からは、以下のとおり研究報告をいただきました。
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「日本宗教性の文脈におけるイスラム:田中逸平の初期作品の事例研究」
今回の研究課題「日本宗教性の文脈におけるイスラム:田中逸平の初期作品を通じての事例研究」は、1924年のメッカ巡礼中の田中逸平のイスラム観の変容の探求を目的としています。大正時代は、日本におけるイスラムの歴史の最初のページとされます。この時期の各信者の改宗事例(野田正太郎、山田虎次郎、山岡光太郎)はそれぞれ、日本文化とムスリムの信仰との新たな対話の次元を切り開きました。田中逸平(1884–1932)は日本におけるイスラムの先駆者と見なされていたため、その信教の発展のトレンドを作りました。
田中逸平の著作は、イスラム教の宗教法、社会構造、中国および中東における歴史についての基本的な説明を提供しています。田中の作品の主な焦点は、イスラム社会と宗教が日常生活にどのように統合されているかを描き出すことにありました。
田中は自身をイスラム教徒であると同時に神道家でもあると考え、両宗教に共通の根源が存在すると結論づけます。そのため両宗教の儀礼が、神学的な概念の詳細な説明を避けつつ、同じ目的と構造を共有する実践として紹介されています。この実践重視のアプローチは、田中の作品におけるイスラム教の記述の基盤となりました。
田中の思想の主軸は、「日本的なイスラム教」というイメージを構築することです。そのイメージを汎アジア主義の枠組みの中で展開しました。また、イスラム教に対する彼の理解が徐々に発展していく中で、最大の課題は、イスラム教を日本語で説明するための用語を確立することでした。
本研究は田中逸平を、日本人がイスラム教を受容する可能性をもたらした文化的な仲介者として位置づけることを提案しています。研究課題として、田中が日本の宗教性にイスラム教を取り入れるために用いた方法を定義することを目的とし、彼がイスラム教を説明する際に使用した用語を分析します。
田中の知的遺産には、メッカ巡礼に関する2つの旅行記と、50本以上の研究論文や随筆が含まれています。日文研において、田中の全集を入手することが叶いました。日文研よりご提供いただいたこれらの資料は、海外では入手が極めて困難なものであり、私の博士論文を完成させる上で不可欠な基盤となりました。また、滞在中に実施いたしました二度のセミナーにおいては、同僚研究者との緻密な議論や日文研の先生方から賜った貴重なご助言を通じて、研究への理解を一層深めることができました。さらに、東京・京都・大阪におけるムスリム・コミュニティとの交流は、フィールドワークとして国内におけるイスラーム理解をより包括的なものへと拡充することに大いに寄与しました。
このように、日文研にご提供いただいた貴重な研究機会は、私の研究にとって重要な画期となると同時に、今後の研究活動における新たな着想を得る源泉となりました。
(文:オレクサンドラ・ビビク 日文研外来研究員(学術奨励賞))