閉じる

日文研の話題

『日文研大衆文化研究叢書』全5巻の韓国語版が刊行されました

2024.03.25

 日文研が進めてきた機関拠点型基幹研究プロジェクト「大衆文化の通時的・国際的研究による新しい日本像の創出(略称:大衆文化研究プロジェクト)」の成果として KADOKAWA から刊行した『日文研大衆文化研究叢書』全5巻の韓国語版が2024年2月に刊行されました。

 本韓国語版は、高麗大学校グローバル日本研究院の尽力により刊行が実現したものであり、このたび、現在外国人研究員として日文研に滞在中の嚴仁卿氏(外国人研究員/高麗大学校グローバル日本研究院教授。韓国語版の責任者であり、翻訳・序文執筆等を担当)から刊行報告が届きました。韓国語版刊行の重要性や経緯、翻訳の苦労話など、充実の報告をお届けします。


 近頃、アジアだけでなく世界中で、若者の文化、時代の文化、流行の文化といえば、「大衆文化」、「ポップ・カルチャー」で通用します。メディア環境の急速な変化により、文化というものが時間的な縦軸より空間的な横軸をもっと自由に往き来しながら、広範囲の共有を前提とする性格を帯びるようになったことを意味するのでしょう。これはグローバリゼーションの現状であると同時に、2020年からおよそ3年に及んだコロナ禍が加速させた側面であることも否定できません。

 様々なニュー・メディアの属性に基づいて、瞬く間に世界中で流行したり、たちまち消滅したり、あるいは変容したり、忘れ去られたりする大衆文化の絢爛な世界です。日文研大衆文化研究プロジェクトが、日本という窓を通して文化史、災害、身体、キャラクター、戦時下という5つのテーマに分けて学術的に整理するプロジェクトを立ち上げたのは、コロナ禍前のことです。韓国でもここ数年間、大衆文化の力を強く感受せざるを得ない色々な局面があり、日本の人文科学を先導する研究機関である日文研がすすめていた、この大衆文化研究の成果には、早くから注目しておりました。

 というのも、一方で人文学の危機が叫ばれていながら、もう一方では心・事象・文化創生に対して人文学の解明を求めている現状は、韓国も同じだからです。しかも、アニメを筆頭にする日本文化を韓国の大衆が、また K-pop やドラマなどの韓国文化を日本の大衆が、普通に共有し合っているのは、私たちが現在目睹(もくと)できる光景でもあります。大衆文化とは何か、底辺にどのような力学が働くのか、歴史と今現在の境界を跨いだり越えたりできるのは文化のどういう面なのか、キャラクターはどう誕生し変化するのか等々、大衆文化の本質に迫るこのシリーズを、高麗大学校グローバル日本研究院がチームを組んで韓国語に完訳し、2024年2月に「日本大衆文化叢書」として刊行しました。

 新型コロナウイルスが世界を襲った最中に相次いで日本で結実したこのシリーズが、2023年に一連の翻訳に必要な過程を経て、早々と2024年初頭に韓国で紹介されたことには、いくつかの重要な局面がありました。もっとも、パンデミックの間、各種マス・メディアやソーシャル・メディア、OTT などの飛躍的な発達とともに全世界が共有するようになった大衆文化の流動性と同時代性を考慮すると、たとえ学術的な研究成果であっても、なるべく時差を感じさせない迅速な解釈と紹介が必要なのではという判断が、まずありました。

 日文研とグローバル日本研究院は以前から学術交流を続けていたため、まずこのシリーズの代表編者の先生方に韓国語版訳書の意向を伝え相談し、その後日文研の研究者グループと国際研究推進係の皆様のご尽力により、50名近い原著者たちと KADOKAWA から翻訳許可を得られました。さらに、法律的にも問題なく手続きを経て契約が成立し、無事刊行に至ったわけです。グローバル日本研究院は今まで約250冊以上の日本学叢書を出していましたが、2023年には「日本大衆文化叢書」を新しく設け、今回のシリーズはその日本大衆文化叢書5~9巻として刊行されました。編集と出版の仕事は、1990年の創業以来、2000種以上の韓国学中心の人文学書籍を出して来た寶庫社(ポゴサ)が担当してくれました。

 翻訳の過程では、内容の面白さや勉強させられたところなど非常に多く、楽しかったものの、多言語に訳すという作業において、韓国語にない日本特有の語彙の問題以外にも、大きく2つの難関がありました。1つは、原書が日本特有の伝統的な大衆文化の流れを扱っているため、前近代日本における様々な文化現象や人物、作品が、現代の数多くの大衆文化のキャラクターや作品、現象の中に際限なく登場する点でありました。これに対しては、研究者9名でワークショップを開き、翻訳指針を決めていく中で、日本文化に興味を持っている一般の韓国人を読者と想定した以上、学術的な究明の徹底さを重んじる趣旨を活かし、各訳者による脚注作業で補うことにしました。

 もう1つは、形式的な面での難関でしたが、大衆文化という分野の特性上、原書には読者の理解を助けるための図版がかなり収録されていました。それは、300点を超える膨大な量の図版を各図版の所蔵先から使用許可を得なければならないことを意味し、かなり骨の折れる作業でした。しかし幸いなことに、日文研が所蔵している図版については一括して許可が得られ、スムーズに進めることができ、色んな所蔵先から図版使用の許可が得られ、予定より多くの図版を韓国語版にも掲載することができました。

 高麗大学校には日本を専門とする学科と大学院、研究所がありますが、他にも「人文学と文化事業」という学部の融合専攻、「人文学と東アジア文化産業」という一般大学院の協同課程も設けられています。これからの大衆文化コンテンツを人文学の観点から捉えようと学問の体制を整えているのは、単に高麗大学校だけではありませんので、大衆文化関連の教育カリキュラムを運営する韓国の高等教育機関で本叢書シリーズを参考にすると思われます。

 なお、本シリーズ韓国語版刊行に合わせて、去る2月6日には高麗大学校でソウル市民を対象に日本大衆文化論に関する講座も開かれました(こちらを参照)。日本の大衆文化に関して理解を深めるいい機会であったことを述べる聴衆も多く、休憩時間には翻訳版シリーズを手にとってめくるなど、関心が高いことが窺えました。日本大衆文化に関する今回の訳書シリーズは、学部と大学院の教育現場で重要な文献として機能するのみならず、韓国の大衆文化に関心を抱いている一般の人々、ひいては大衆文化コンテンツ産業に携わっている人にも、文化比較の視座を提供することと期待しています。

(文・嚴仁卿 外国人研究員)

image1.jpg

  • 韓国語版「日文研大衆文化研究叢書」全5巻(寶庫社(韓国)) 韓国語版「日文研大衆文化研究叢書」全5巻(寶庫社(韓国))
  • 「日文研大衆文化研究叢書」全5巻(KADOKAWA) 「日文研大衆文化研究叢書」全5巻(KADOKAWA)
トップへ戻る