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日文研の話題

「東アジアにおける国民国家の始発と終焉」のワークショップを開催しました(2023年12月18日、19日)

2024.01.18

 日文研では、共同研究会「日文研所蔵井上哲次郎関係書簡の研究――国民国家の始発と終焉」と「比較のなかの「東アジア」の「近世」―新しい世界史の認識と構想のために―」の研究会横断型ワークショップとして、ワークショップ「東アジアにおける国民国家の始発と終焉」を開催しました。以下は磯前教授からの報告です。


 日文研主催の共同研究会「日文研所蔵井上哲次郎関係書簡の研究――国民国家の始発と終焉」及び「比較のなかの「東アジア」の「近世」―新しい世界史の認識と構想のために―」の国際展開として、ソウル大学日本研究所、および国立仁川大学日本研究所との2機関との研究交流を行った。ソウル大学日本研究所では、上記共同研究会の共同代表者である茢田真司氏(國學院大學教授)および大村一真機関研究員(日文研)が趙寛子氏(ソウル大副教授)とともに井上哲次郎に関するワークショップを企画した。また国立仁川大学では平野克弥氏(カリフォルニア大学ロサンゼルス校教授)、関口寛氏(同志社大学准教授 / 日文研客員准教授)、そして上記の大村機関研究員が、南相旭氏(国立仁川大学教授)とともに21世紀の「日本」研究の行方を協議するワークショップを発案した。

 まず、12月18日にソウルで開催した Zoom 同時使用によるハイブリット形式のワークショップ「井上哲次郎と国民国家の始発と終焉」は、南基正氏(ソウル大学日本研究所所長)の開会の辞とともに始まり、李慶美氏(東北亜歴史財団)の司会のもと、磯前順一 (日文研教授) の基調講演「いまなぜ、国民国家の始発と終焉を語らなければならないのか」から、順に、茢田真司氏 「井上哲次郎と近代国民国家の始まり」、小倉慈司氏 (国立歴史民俗博物館教授)「井上哲次郎宛書簡の世界」、伊東貴之教授(日文研)「井上哲次郎と儒教」と4本の報告が続き、それに対して南基正氏および趙寛子氏からのコメントがなされた。

 ワークショップの内容に関して、磯前順一報告では、同質的な国民国家を批判する諸言説が振り返られ、国民国家の展開を今一度、明治近代の文脈、とりわけその「国民性」を語る思想史的文脈に位置づけながら、「凡庸な思想」こそが国民統合を容易に具現化する視点が提示された。また茢田真司氏と小倉慈司氏の2つの報告は、この思想史的文脈の手がかりとして井上哲次郎を取り上げ、井上が同時代の言説空間のネットワークでどのように「国民性」を浮上させたのかを検討し、その検討のために「国体思想のネットワーク形成」のあり方として書簡分析が主題となることを論じた。最後に、伊東貴之教授の報告および南基正氏と趙寛子氏のそれぞれのコメントでは、上記言説空間における儒教の役割を、東アジアにおける儒教の展開を踏まえながら考察しつつ、「国民国家の終焉をいかに論じるのか」という問いを諸報告と関連させながら協議した。

 同日午後には、ソウルの旧市街の南に位置する南山を起点とするフィールドワークを行った。具体的には、朝鮮神宮跡(安重根義士記念館・白凡広場)、京城・乃木神社跡(崇義女子大・リラ幼稚園)、統監部・総督府跡(人権の森・慰安婦記憶の場)、在朝日本人街(明洞メイン通り)を順に巡ることになった。このフィールドワークは、国民国家の諸問題を植民地朝鮮における時代状況という観点から考察するものであり、午前のワークショップの課題となった「国民国家の終焉」をめぐる問いを深めることになった。

 続いて、12月19日に仁川でクローズド形式にて開催されたワークショップ「21世紀の新たな人文知――「日本」研究再考」では、李虎相氏(国立仁川大学日本研究所所長 / 国立仁川大学教授)の開会の挨拶を口火とし、辛銀眞氏(国立仁川大学助教)の司会のもと、順に、大村一真機関研究員 「日本におけるフランクフルト学派の受容の問題点」、関口寛氏「学知と差別の日本近代」、南相旭氏(国立仁川大学副教授)「「同時代性」をめぐる⽇本研究の現状と課題」、李碩氏(国立仁川大学助教)「戦後⽇本の⼤衆論の転換」と4本の報告が続き、その後、金炳辰氏(檀國大学日本研究所)、郭東坤氏(高麗大学講師)、平野克弥氏、熊本史雄氏(駒澤大学教授)がコメントを行った。

 その内容を振り返るならば、関口寛氏と南相旭氏が、「日本研究」をめぐる日本および韓国の諸動向を把握しながら、従来の「日本研究」が「近代化」という世界的情勢をどのように理解し、その功罪の意味を問いかけるだけでなく、「実用性」を求める「同時代性」の下で議論されていることを確認し、郭東坤氏および平野克弥氏のコメントとともに日本研究をめぐる「学知」のあり方を協議した。大村一真機関研究員と李碩氏の2つの報告は、戦後日本の知的状況を、マルクス主義や丸山眞男といった比較的主流であった諸言説のみならず、こうした諸言説と緊張関係にある「市民社会」ないし「大衆社会」論とともに検討する必要性を、金炳辰氏および熊本史雄氏のコメントとともに確認した。

 こうした活動からいかなる成果が生まれたかであるが、まず国際的に研究遂行を成す上での環境づくりの重要性を相互に確かめ合ったことである。国外の研究者が Zoom の活用によって容易に参加できるようになったとはいえ、これまで日文研で開催された共同研究会では日本側の参加者を中心に報告がなされてきたため、海外を拠点とする研究機関の場で対面式議論を試みることは、日本側の参加者を中心とした研究環境を見直す格好の機会となった。日本研究をめぐる「国際連携」や「「国際日本研究」コンソーシアム」が急務の課題として掲げられている現状だからこそ、今後、海外での対面式の催しは、運営予算の共同出資形式も含めて、海外研究者との対等性を、使用言語の問題も含めて、学問的だけでなく制度的にも確保することが求められよう。

 次に、これからの日本研究の国際的展開のためには、国内外の研究者が、相互の関心を伝達し合うのみならず、そうした複数の関心を緊密に結びつけ、発展させていく具体的な研究課題を共有することが不可欠となる。人文学、社会科学、自然科学といった複数の知から織りなされる学問の学際性を担保するのみならず、そうした学際性が歴史的に見て、いかなる「知のパラダイム」の政治性の下に構成されてきたのかを検証しなければならないことが確認された。具体的には、その知のパラダイムはソウルでの交流では「国民性」として、仁川での交流では「近代性」ないし「同時代性」として理解された。こうしたパラダイムの認識こそが、それぞれの分野の各研究者が互いの関心を持ち寄った従来の総花的な国際会議ではなく、具体的な研究課題を緊密に共有する質の高い研究成果を生み出すことを可能なものするだろう。そうした文脈において、日文研の役割が海外の研究機関や大学から嘱望されていることを痛感した2つの企画であった。

(文責:磯前順一 教授)

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