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[Evening Seminarリポート]「Placing War in Ukraine: Comparison and Vantage Points(ウクライナ戦争:比較と観点)」(2022年2月2日)

2023.02.16

 2022年2月2日(木)、国際関係学の専門家二人をお招きし、第251回日文研イブニングセミナー「Placing War in Ukraine: Comparison and Vantage Points(ウクライナ戦争:比較と観点)」を開催しました。

 最初の発表者のディビッド・ウルフ教授(北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター)は、「Comparative and Historical Perspectives on the War between Ukraine and Russia(ウクライナ・ロシア間の戦争についての相対的・歴史的視点)」と題し、近代ウクライナ史を概説しつつ、ウクライナ人はロシア人とは異なる意識を持っていたと論じました。ウルフ教授は、ヨーロッパ諸国にナショナル・アイデンティティの意識が生まれた19世紀にウクライナのナショナル・アイデンティティもまた醸成されたと指摘し、これに深く関わった人物を挙げました。例えば、タラス・シェフチェンコとイヴァン・フランコは近代ウクライナ語の確立に重要な役割を果たしました。シェフチェンコはウクライナの民話を収集しウクライナ語で詩集を出版した人物で、フランコはヨーロッパの古典文学を翻訳しヨーロッパの教育をウクライナに持ち込むことに貢献しました。また、ミハイロ・フルシェフスキーはウクライナをコサックの伝統と結びつけた歴史書を出版し、ロシアとは異なる歴史を持つことを明文化しました。彼らが活躍した19世紀に近代的ナショナル・アイデンティティの概念が生まれて以降、ウクライナ人はウクライナ人としての意識を保持してきたことが分かります。

 さらに、ウルフ教授は、20世紀前半に日本がウクライナ人とロシア人の違いを認識していたことにも言及しました。例えば、日露戦争中にヨーロッパで諜報活動を行った明石元二郎は、ロシア帝国の支配下にある異分子集団の一つとして、ウクライナ社会革命党を報告しています。シベリア出兵の際、日本軍は住民の半分以上がウクライナ人であると知ったうえで交流を持っていました。満州事変で満州に送られた日本軍はそこでも多くのウクライナ人を認識するとともに、ウクライナ人リーダーが率いるポーランドの政治集団を支援し、3国の関係はソビエト連邦にとっての脅威と目されたといいます。このように、日本の帝国主義はウクライナの近代史や民族離散とも関わっており、当時日本はウクライナをロシア帝国やソビエト連邦に対抗する手段の一つと捉えていました。

 ウクライナの近代史が中心となったウルフ教授のご発表に対し、「U.S. Responses to the Russia-Ukraine War: Post-Cold War History, Debates, and Evaluations(ロシア・ウクライナ戦争に対するアメリカの反応:冷戦後の歴史、論争、評価)」と題した泉川泰博教授(青山学院大学)のご発表では、ウクライナをめぐる現在の国際関係に焦点があてられました。

 泉川教授はまず、ロシア・ウクライナ戦争においてアメリカが果たした役割としてインテリジェンスを挙げました。アメリカの情報機関はロシアの軍事情報を集めウクライナを支援すると同時に、特定の情報を発信し世論を味方につけるという成果を上げています。また、アメリカの外交術がNATO同盟の連携に貢献したことも指摘されました。さらに、バイデン政権がインド太平洋諸国にも注意を向け、各国のウクライナ支持にかかわる連携に寄与したことについても述べられました。

 このようなアメリカの対応が効果的であったとみなされる傍ら、他方ではさまざまな議論がもちあがっているといいます。なかでも泉川教授は、アメリカのNATO拡大方針がロシアにウクライナ侵攻を決断させたのではないか、という議論に注目されました。この見解に賛同する研究者がいる一方で、ウクライナの民主主義がプーチン政権にとっての脅威であったことが戦争の原因であるとする見方もあります。泉川教授はどちらも戦争を引き起こした要素であるとしながらも、後者のほうがより直接的で決定的なものとの考えを示しました。

 ご発表の最後には日本の対応についても触れられました。今回の戦争において日本は積極的にウクライナ支援を行っており、この姿勢はこれまでのものとは一線を画しています。泉川教授によると、この対応の違いには、北方領土をめぐる日露交渉を仕切りなおしたいという日本の思惑や、ウクライナの状況に日本や台湾の将来的な危機を重ねていること、日本がヨーロッパ諸国との関係強化の重要性を認識していることなどが関わっているといいます。

 質疑応答では、戦争勃発以降ロシア国外に逃れてきたロシア人の問題、今回の戦争とこれまでの対立の違い、戦争終結のためのアメリカの介入、中国の影響、ロシアと国境を接する東ヨーロッパ諸国との関係など様々なことが話し合われ、限られた時間ながら活発な議論が交わされました。

(文・坂知尋 プロジェクト研究員)

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