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[Evening Seminarリポート]「Theories of Embodiment in Japan: Introducing New Research from Ghent University(日本における身体論:ゲント大学の最新研究の紹介)」(2022年12月8日)

2022.12.22

 2022年12月8日(木)、ベルギーのゲント大学から二人の教授をお迎えし、第250回日文研イブニングセミナー「Theories of Embodiment in Japan: Introducing New Research from Ghent University(日本における身体論:ゲント大学の最新研究の紹介)」を開催しました。

 1人目の発表者のアンナ・アンドレーワ研究教授は、中世日本における仏教、医学、ジェンダーの問題に注目しておられます。『餓鬼草紙』(奈良国立博物館蔵)に登場する出産風景に、祈祷僧侶、巫女、産婆などの人物が描かれているように、中世日本の妊娠・出産には様々な職業の人々が関わっていました。『餓鬼草紙』に登場する専門家の他にも、学僧や陰陽師、医者、出産・育児経験のある女性などが挙げられます。アンドレーワ教授は、これら多種多様な専門家による知識がどのように結びついていたのかを解き明かそうとしています。また、中世東アジアの宗教と医学というより広い視点から、専門家たちが果たした役割を明らかにする国際共同研究プロジェクトを推進しておられます。

 2人目の発表者のアンドレアス・ニーハウス教授のご専門は近現代の日本の身体観や身体文化です。ニーハウス教授は、共同研究として江戸期養生書に組み込まれた宋明理学の倫理観に焦点を当てています。養生書が医学知識をより広い階層に浸透させたことはよく言われていますが、養生書が人々の自己治療行為の促進に貢献したことや、宋明理学の倫理観を広めたことはあまり議論されてきませんでした。これらの側面に光を当てるとともに、養生書において道徳や義務、肉体、そして身体能力がどのように関連付けられていたのかという点が研究課題です。

 ニーハウス教授からは、大正時代に靖国神社で開催された異種格闘技戦をテーマとする共同研究についてもお話しいただきました。アメリカ人プロレスラーのアド・サンテレと講道館所属の柔道家たちの対戦は、当時新聞などで盛んに宣伝され盛況であったと伝わっています。しかし、このイベントに賛同しない講道館メンバーの脱退のきっかけともなりました。この問題について、講道館の組織的構造や柔道家間のスポーツに対する考え方の違いに触れながら分析していただきました。

 コメンテーターの安井眞奈美教授は同月、今回のイブニングセミナーと通じるテーマを扱った共編の論文集『想像する身体』を出版されました。安井教授はその中で胎児の成長を十段階に分けて描いた『胎内十月図』を分析しており、アンドレーワ教授のご研究と重なるところがあります。中世や近世の妊娠出産は呪術的要素と密接に関わっており、人智を超ええたものととらえられていました。現代でも「子供は授かりもの」という表現がされることがあります。このことを踏まえ、当時、妊娠・出産は人間が管理できるものとは考えられていなかった可能性を指摘しました。

 また、安井教授は、倫理観という視点で養生書を分析したニーハウス教授の研究は近世近代の身体哲学という位置づけもでき大変興味深いと述べ、このような身体哲学は現代日本の身体観にどのように応用できるのかという問いを投げかけました。

 さらに、ゲント大学の両教授が進めている研究に加え、同大学の大学院生が取り組んでいる博士論文のテーマについてもご紹介いただきました。五臓六腑の文化史の研究では、日文研図書館所蔵の『五臓六腑図』が分析されており、博士論文執筆によって日文研所蔵資料の理解がさらに深まると思われます。また、江戸時代の売春婦の健康についての研究に対し、安井教授から江戸期遊女の身体理解を示す資料『十四傾城腹之内』が紹介されました。この資料は上述の論文集の中でも取り上げられており、今後の博士論文執筆に寄与することが期待されます。

 今回のイブニングセミナーは、ゲント大学と日文研の連携活動や人材交流についての意見交換会に付随して開催されたものでしたが、今後の連携や交流によって相乗効果的に研究が促進されるであろうことを示す会となりました。

(文・坂知尋 プロジェクト研究員)

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