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日文研の話題

[木曜セミナー・リポート]第273回木曜セミナー「比較文学で明治期陸上競技を読みなおす」(2022年11月24日)

2022.12.15

 本年度3回目となる今回は、発表者の日文研の牛村圭教授が文明論への関心を中心としたご自身の研究成果を報告し、続いて、同志社大学の佐伯順子教授と日本大学短期大学部の服部英恵准教授からそれぞれコメントを得て進行しました。

 テーマは「陸上競技を読み、、なおす」です。陸上競技の読む対象として「文字テクスト」「記録」「写真」「時代」という4つを示した牛村教授は、ここでは明治期陸上競技の指導教本という文字テクストを対象としたいと初めに説明します。陸上競技の受容経緯は、明治時代の洋学受容と同パターンと見なすことができ、陸上競技の洋書翻訳、洋行、お雇い外国人の指導という三経路を通して、日本に根付いたとのことです。洋書翻訳受容の具体例として、まず取り上げられたのは武田千代三郎による「水抜き油抜き」訓練法、『理論実験 競技運動』(1904)で詳説されるその訓練法は、発汗を促す厚着をし、水を徹底的に飲まないで練習するものでした。牛村教授は、この訓練法の種本がイギリスで1813年に出版された指導書だと特定、また武田はそのまま引用したのではなく、原著では3〜4週間に週1回の頻度だった訓練を、1週間毎日連続という具合にして紹介したとも指摘しました。大森兵蔵の『オリンピック式 陸上運動競技法』(1912)についても、種本と思われる指導書をそのまま翻訳したのではないこと、大森が加えた変更そして原著との異同についても確認し大森著にも意義があること、を両著の該当箇所を引用しつつ説明しました。

 以上の報告を受けて佐伯教授は、陸上競技の移入が異文化の移入であり、そこでは単純コピーではなく「現地化」されることが一般的であること、そして現代のポップカルチャーとも類似性がある、と指摘しました。陸上競技の「現地化」の特徴として、油抜き訓練法に見られる精神論を挙げ、教育機関で強調された文武両道が要因かと推測を加えました。また、軍と国民皆兵、ジェンダーの観点から女性への訓練法や体育教育などとの関連はどうであったのかなど今後の検討点を挙げました。服部准教授は、牛村教授の報告から、日本の身体技法と西洋の技法との関係について想起したと感想を述べたのち、日本の古式泳法と西洋の水泳を例に出し、身体技法の影響関係にはさらなる研究の可能性があることを示唆しました。視聴者からの質問を受けたのち、佐伯教授は、陸上競技史の研究は、各文化における身体の理解や使い方といった、人類全体の身体性の研究へと広がるという将来の展望にも言及しました。

 活発な議論を経て、人類に共通の身体という視点から陸上競技をはじめスポーツの歴史を通して各文化の特徴や交渉の歴史を明らかにし、より豊かな身体性を創造する展望が開かれたように思われました。


(文・藤本憲正 プロジェクト研究員(第273回木曜セミナー司会))

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