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日文研の話題

[木曜セミナー・リポート]「書評 安井眞奈美 著『狙われた身体――病いと妖怪とジェンダー』(平凡社、2022年) 」(2022年6月23日)、「国際化(脱日本化?)する日本政治史研究」(2022年9月22日)

2022.12.14

 「日文研木曜セミナー」は、研究者の交流を目的として主に日文研教員が最新の学術テーマを掲げて研究発表を行なう企画です。創立以来270回開催の実績を積み上げてきており、近年は1年あたり10回程度の頻度で開催されてきましたが、本年度より、日文研に滞在中の海外研究機関に在籍する研究者をはじめとする内外の研究者が、英語で研究成果を発表する場である「日文研イブニングセミナー」と隔月での開催とするスケジュールに変更しました。それぞれの企画の密度をより高いものとすることを企図しての変更です。開催報告記録についても従前のものよりも詳細に記し、日文研の学術活動の一端をさらに知っていただけるように工夫をしてまいります。今回は、第271回(2022年6月23日)と第272回(2022年9月22日)の木曜セミナーの開催報告記録を続けてお届けします。


(文・「木曜セミナー」担当、牛村圭 教授)




第271回木曜セミナー(2022年6月23日)開催報告
「書評 安井眞奈美 著『狙われた身体――病いと妖怪とジェンダー』(平凡社、2022年)」


 オンラインで開催の今回は、日文研の安井眞奈美教授のご著書の書評会の形式をとり、初めに、安井教授が自著を紹介し、続いて、國學院大學の飯倉義之教授と日文研のタイモン・スクリーチ教授からのコメントを得て進行しました。

 安井教授は、とくに女性の身体に着目し、「女性(ジェンダー)」、「身体」、「可視化」という三要素が、どのように関連して病いや妖怪、性器、胎児などの表現を生み出したのかを多様な資料を用いて論じた自著の概要を語りました。結論として、女性の身体には狙われると同時に攻撃するという両面的な性格があることを明らかにしたことによって、1)狙われた身体の背後にある暴力に光を当て、2)人々が身体をどうとらえ、それを襲う危険とどう折り合いをつけ対処してきたか、その様子をたどることができたと述べます。3)一方で、見えないものを可視化するおもしろさ、覗き見る興味が存在することにも注意を促しました。

 著者の報告を受けて、飯倉教授は、本書で取り上げられた、妖怪、笑い話、性の共通点を指摘しました。怖さと笑い、性は、制御できない情動だと言います。誰もムラムラしたくてするわけではないし、笑うのも怖がるのも同様です。そこから、エロ怖いなどの複合的な情動も生まれます。そして、この人間の情動を女性という視点から時代を追って視覚的に追跡したことに同著の意義があると強調しました。スクリーチ教授は、描かれる身体が、身体そのものにはならないことに着目します。杉田玄白は死体の腑分けを行い、オランダの解剖学書の記述が正しいことを理解したものの、解剖学書は理想化された身体を描いており、血や崩れた身体は表現から削り落とされます。お二人のコメントを受けて安井教授は、既存の資料には女性がどう感じたか、たとえば、妊娠時のつわりが大変だったかなどは出てこない、今後はフィールドワークを行い、女性の直接の声を拾いたいと将来の研究の展望をも述べました。

 以上のような活発な議論を通し、女性、身体、可視化の視点から人間の見えづらい欲求がとても興味深く読み解かれました。昔から語られ描かれてきた妖怪や病いや胎児、性器には、ジェンダーと身体そして情動が深く絡み合って表現されてきた諸相があることが、鮮やかに示されることとなりました。


(文・藤本憲正 プロジェクト研究員(第271回木曜セミナー司会))




第272回日文研木曜セミナー(2022年9月22日)開催報告
「国際化(脱日本化?)する日本政治史研究」

 オンラインで開催の今回は、奈良岡聰智京都大学教授、塩出浩之京都大学教授、瀧井一博日文研教授の鼎談形式で開催されました。

 在外研究の経験をお二人がどう振り返るかという瀧井教授の問いかけに、奈良岡教授は、在外研究の経験を経て、自身の研究も国際化を意識し国際学会のネットワークの中に積極的に入っていくようになった、塩出教授は、在外研究先でのアジアン・コミュニティーとの関わりを通して、研究テーマである日本人移民の理解が深まり、異質な環境に身を置く経験が大事であった、とそれぞれ述懐されました。

 瀧井教授の、大学院教育、特に留学生教育についての抱負、課題への問いかけには、両教授ともに、留学生は積極的に引き受けているが、その問題関心や人生観、個々人のキャリアパスにあった指導や支援を行うことが大事で、教員の問題関心を押し付けてはならないと述べられました。

 日本政治史研究の今後について、奈良岡教授は、日本政治史の分野では、欧米言語圏の大学院生は、フィールドあるいはアーカイブズの利用の場として日本に来れば研究が成立するので、長期留学の必然性が薄れている。研究機関のポスト数に関しても、日本の国際的な地位の低下や、政治研究における政治史分野の世界的な低調により、必ずしも芳しい状況ではないと指摘があり、塩出教授からは、日本を含む東アジア全体を見据えた視角を有する優秀な留学生を呼ぶためには、彼らの視点を意識して、日本政治史全体が変わらなければならないという具体的な提言がありました。

 フロアも交えた質疑応答の場では、井上章一所長から、ルネサンス期をはじめとするイタリアの美術史研究は、外国籍の研究者による研究が盛んであるので、日本研究の場においても、同じような状況を作ることが大事ではないかという提言があり、その他、瀧井教授から、日本人でありながら米国での政治史研究のトップとなった入江昭教授のような人材を輩出できるのかという課題に、日本政治史研究は応えていく必要があると指摘がありました。日本政治史研究だけでなく、国際日本研究の今後や留学生の受け入れのあり方を展望する、大変有益な議論がなされた初秋の夕べとなりました。


(文・西田彰一 プロジェクト研究員(第272回木曜セミナー司会))

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