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日文研の話題

[人コミュ通信vol.17]特別展「身体イメージの創造―感染症時代に考える伝承・医療・アート」にかける想い――本展企画者・安井眞奈美教授にお話をうかがってきました

2022.02.03
日文研の人文知コミュニケーター、光平有希〔 光)〕です。国際日本文化研究センターの活動や教員、そして所蔵資料の魅力を定期的にお届けしている「人コミュ通信」。17回目となる今回は、2022年1月17日から2月12日まで大阪大学総合学術博物館にて開催されている特別展「身体イメージの創造―感染症時代に考える伝承・医療・アート」の企画者の一人である安井眞奈美先生〔 安)〕に、本展示にかける熱い想いや資料の見どころについて、たっぷりお話をうかがってきました。

光)本日はどうぞよろしくお願いいたします。まず、安井先生のご専門(研究)について簡単にご紹介いただけますでしょうか。

安)はい。わたしは文化人類学や民俗学の視点から、フィールドワークによって事例を集めつつ、そこから問いを明らかにしていく研究を進めてきました。研究テーマの一つに妊娠・出産に関する慣習や人間関係の変容をあげています。これをミクロネシアのパラオ共和国をフィールドとして考察してきましたが、いまはその延長で、現代日本の妊娠・出産のあり方や人々の出産観を解明したく研究を進めているところです。

光)そうした先生の多面的な医療や身体に対する眼差し、とりわけ「出産」や「医療」に対する研究の成果が今回の展示につながっているんですね。

安)そうですね。たとえば現代の産科医療の中では、ほとんどの場合、超音波診断装置が用いられ、胎児の姿も非常にリアルに見ることができます。けれども、かつて胎内の様子や胎児はどのように想像されてきたのだろう?そういうことに興味を持って調べていくと、日本では古くから、中国をはじめとする東洋医学や思想の影響を受けたオリジナリティのある胎児の図や、西洋医学を折衷させた様々な図が描かれてきたことがわかります。
 こうした点に面白さを感じて研究を進めていくと、妊娠や出産だけではなく、そもそも人々は身体をどのように描き、図像として形を与えて残してきたのか、そうしたことを見てみたいと考えるようになりました。幅広く身体のイメージについて研究したい――それが今回の特別展の母体ともなり2018年から開催してきた共同研究会「身体イメージの創造―医療・美術・民間信仰の狭間で」の発端となります。

光)共同研究会のメンバーは、様々な研究分野をご専門にされていますよね。これも「幅広い身体イメージ」を検討するためだったのでしょうか。

安)はい。今回の共同研究会では、たとえば西洋解剖学のような近代医学をはじめ、中国医学や無文字社会での治療儀礼など、人類学的な視点からも見ていく必要があるだろうと思い、研究会を立ち上げた時に、共同研究員の公募もし、海外の研究者の方にも積極的に入っていただきました。それから文理融合の観点も重要視していましたので、歴史学や文学などの研究者に加え、意識して医療人類学や認知科学、発生学の研究者、産科医、鍼灸師の方々などにも加わっていただき、臨床の点からも身体に迫っていくことを目標として掲げました。

光)様々な専門家との議論の中でできあがってきた特別展。展示のねらいを教えていただけますか?

安)はい、人々がこれまで創り上げてきた身体の図像を振り返ることによって、新型コロナウイルス感染症が広がるこの時代に、私たちが自らの身体と、身体を取り囲む環境を改めて考え直すきっかけをつかみたい、というのがねらいです。

光)今だからこそ知りたい、振り返って考えたい、人々の足跡ですね。先日、わたしも出向きましたが、展示は4つのゾーンから成っていたかと思います。各ゾーンのテーマや構成について教えていただけますでしょうか。

安)まず、ゾーン1「疫病と医療」では、人々が感染症に対処してきた歴史を、麻疹除けの呪いや牛痘種痘の実践などから読み解いていきます。ゾーン2「身体を把握する」では、東洋医学における身体の捉え方を、観相や鍼灸銅人形を紹介する中で明らかにし、また西洋の解剖学に基づいた身体の描写が具体的に与えた影響を示そうと試みています。ゾーン3「身体への関心」では、近世の文芸に登場する遊女の身体や、錦絵に描かれた妊婦や、胎児の成長の姿などを紹介しています。
 ゾーン4「現代と未来の身体」では、医療用ロボットや、認知症を脳の画像として把握したり胎児の姿を超音波診断装置で捉えたり、現代医療の中で可視化・数値化される身体に注目しました。また現代アートの作品として、布施琳太郞氏の「資料版:隔離式濃厚接触室」は、自由なはずのネット上でも一人しか鑑賞できないという制約が設けられていることで、他人と距離をとらざるを得ない感染症時代の身体のあり方を、改めて考えるきっかけを与えてくれます。今回は、展示室の大きなスクリーンで作品を堪能することができます。

光)4つのゾーンを通じて、まさに人々が身体を様々なかたちで表現し、創り、また変容させたり応用してきた、そうした歩みを感じ取ることができますね。その中で、これだけは絶対に見ていただきたい!というイチオシの資料はありますか?

安)ゾーン1には、天然痘の予防に種痘法が有効であることを提唱したエドワード・ジェンナーの著書『牛痘の原因および作用に関する研究』(1798年刊)があります。展示本は著者による献呈本でジェンナーの直筆サインがあるほか、銅版画の挿絵は色彩が美しい点にも注目していただきたいです。
 ゾーン2では、ドイツ人レメリンによる解剖書『小宇宙鑑』の翻訳書として、『解体新書』より2年早い1772年に出された『和蘭全躰内外分合図』を展示しています。身体の扉を開くと、紙片で造られた臓器が出てくる仕掛けになっています。ぜひ近づいて精巧な作りに目を向けていただけたら。それから、解剖図という点では同じくゾーン2に展示しているゴヴァルト・ビドロー『人体解剖図、105図』(1685年刊)も圧巻です。胎児と胎盤の図が掲載されているページを展示していますが、非常に写実的でリアルなオランダ絵画法を取り入れたこの解剖図をぜひご覧ください。また江戸時代の女性の教訓書や明治時代に妊娠・育児の心得を示した指南書などの挿絵にもさまざまな形で胎児と胎盤の図が描かれていくのですが、そういう図ともあわせて見ていただけると面白いと思います。
 ゾーン2の鍼灸銅人形は、たいへん見応えがあります。一つは京都大学総合博物館所蔵のもので、京都帝国大学医学科時代の資料、もう一つは京都の漢方医師であった細野史郎氏が所蔵されていた資料です。ガラスケースに入っていますが、左右や背後など様々な角度から見ていただけますので、経脈やツボなどを立体的に感じ取っていただけたらと思います。

光)前半だけでも見どころが沢山ありますね。続いてゾーン3、4についても教えてください。

安)ゾーン3では、大衆文化の中で身体がいかに描かれていたか、江戸の絵入り本や錦絵などを例に、人々の豊かな想像力を感じていただければと思います。また、近世に描かれた妖怪の姿は、人間の身体を欠損させたり増幅させたりしながら創造されたものもあるのではないか、そんな意味合いで歌川芳員画「しん板ばけ物尽」(1857年刊)なども展示しています。
 ゾーン4では、今回の展示に合わせて制作された、布施琳太郎氏の現代アート作品「資料版:隔離式濃厚接触質」を挙げたいです。新型コロナウイルスが蔓延しているこの時代に、改めて私たちの身体を考えればどういったことが見えてくるのかを、最後に問いかけています。布施さんの作品から、考えるきっかけを導き出せればと思います。
 ここが日文研の面白さといいますか、様々な専門分野の方に関わっていただいた共同研究会の成果として、広範囲に渡って、しかし資料は厳選してお伝えするというような、コンパクトでありながら深みのある展示になったのではないかなと自負しております。

光)今回、現地での特別展だけではなくヴァーチャル・ミュージアムも公開されるとか。こちらについてもご紹介いただけますか。

安)コロナ禍でリアルな展示の見学会ができないかもしれないことを見越して、リアル展示の様子をヴァーチャル・ミュージアムで再現し、ウェブサイトで公開する予定にしています。ヴァーチャル・ミュージアムでは、1月17日に行った内覧会で解説した時の音声をヒントに、パネル解説者の音声をつける試みも取り入れようと考えています。ヴァーチャル・ミュージアムは、大阪大学大学院基礎工学科の大学院生・五十里翔吾さんが、ロボットと人間のコミュニケーションを対象とした最新の研究を本展示で紹介しながら、進めてくれました。一連の展示企画には若手の方々にも積極的に加わっていただき、試行錯誤しつつ作り上げました。

光)視覚・聴覚的に理解を深めることのできるヴァーチャル・ミュージアムの新しい試み、体験させていただくのがとても楽しみです! 今回、展示パネルや図録もとても魅力的でした。

安)ありがとうございます。パネルと図録の解説は、共同研究員の皆さんに執筆していただき、日本語だけではなく英語と中国語の3カ国語での多言語発信に努めました。

光)それから、関連イベントとしてオンラインでの共同研究会やシンポジウムもありますね。

安)はい。2月6日のオンラインでの公開シンポジウム「身体イメージの創造―感染症時代に考える伝承・医療・アート」では、展示に因んで「身体の表現」「医療と美術の狭間」「アートとテクノロジー」といったテーマで、展示に関わったさまざまな立場の人々とディスカッションをいたします。研究者の方々や大学院生、学生の皆さんに、是非楽しんで聴いていただければと思います。

光)シンポジウム、私も楽しみにしています。では、このインタビュー記事をご覧になっている皆様になにかメッセージがあればお願いします。

安)コロナ禍で閉塞してしまいがちなこの時代、疱瘡やコレラなどの感染症に人々が対峙してきた歴史を振り返ると、その後一世紀近く、大きなパンデミックが起こらずに今日まで過ごして来た、という見方もできるのかもしれません。展示場所でもある大阪大学は、江戸時代末期、コレラ流行の対策を講じた緒方洪庵が創設した適塾がその前身であり、現在も新型コロナウイルスに関するワクチン開発が進んでいます。これまで感染症に向き合い、対処してきた歴史の1頁に記録と記憶を残すこのコロナ禍で、私たちは思いがけない生活上の変化を余儀なくされ、自ずと身体に対する意識や考え方を変えざるを得なくなりました。しかし、そうしたことを、少し前向きに捉えて、次に踏み出す一歩を、今回の展示から感じ取っていただけたらとても嬉しいです。

光)ありがとうございます。今だからこそ、見ていただきたいという思いが一層強くなる、そうした展示だと私自身、現地に足を運んで感じました。そういえば、1月17日に内覧会をされたとのことでしたよね。

安)そうなんです。内覧会の日付はたまたま決まったのですが、個人的にも繋がりがあるな……と思いました。

光)といいますのは?

安)1995年の1月17日、わたしは大阪大学の大学院生でした。阪神淡路大震災で大きな痛手を受けたこの場所で、同じ日に自分がこうやって展示をさせてもらっているということに、感慨深い気持ちでおりました。今年で20周年を迎える大阪大学総合学術博物館は、私が学生のころは医療技術短期大学部だったなとか、私自身は震災時、初めてパラオにフィールドワークに出かけていて、帰宅したら下宿先が大変なことになっていた……など。そういった記憶が1月17日だったからでしょうか、一気に思い起こされました。

光)そうだったのですね。先生ご自身としても思い入れの深い場所で開催されるこの特別展。是非とも多くの方にご来場いただけたらと願っております。本日は本当にありがとうございました。

安)ありがとうございました。



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◆特別展「身体イメージの創造―感染症時代に考える伝承・医療・アート」の詳細については、こちらをご覧ください。
https://www.nichibun.ac.jp/ja/topics/announcements/2021/12/14/s001/

◆シンポジウム「身体イメージの創造――感染症時代に考える伝承・医療・アート」のご参加方法については、こちらをご覧ください(受付:2月4日まで)
https://www.nichibun.ac.jp/ja/topics/announcements/2022/01/20/s002/

  • 展示会の様子展示会の様子
  • 展示会の様子展示会の様子
  • お話をうかがった安井教授(展示会準備の様子)お話をうかがった安井教授(展示会準備の様子)
  • 内覧会で解説する安井教授内覧会で解説する安井教授
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