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日文研の話題

[Evening Seminarリポート]水のある空間と生活者の想像力が生み出す豊穣な詩世界(2021年11月4日)

2021.12.02
 11月4日、東アジア文学・文化史を専門とするスティーヴェン・ジョン・ロディ外国人研究員(サンフランシスコ大学教授)を講師に迎え、英語によるイブニングセミナーがオンラインと同時開催されました。

 “Petals on a Wet, Black Bough: The Waterways of Chikushiji and Senryū”(濡れた黒い枝の花びら*————竹枝詞と川柳の水脈)と題したセミナーでは、中国で生まれ、その後、江戸期の日本の風景のなかで既存の詩歌と融合しながら育まれた漢詩ジャンル「竹枝詞(ちくしじ)」の系譜を、詩情豊かに紹介しました。

 冒頭ではまず、被爆者として長年にわたり核兵器廃絶運動を主導し先頃亡くなった、坪井直氏へ哀悼の意を表し、献辞が捧げられました。その遺志を受け継ぎ、次世代へ清らかな水に満ちた環境を残していかなければならない————。京都に滞在してからの数カ月、美しい川や疏水を前にして、ロディ研究員は「水」に思いをはせ、特にその恵みへの感謝の念を深くしたと言います。

 そのような思いを背景に、発表の中心は、文学と自然環境のつながりに焦点を当てた「エコ・ポエティックス」(eco-poetics;環境詩学)の観点から展開しました。9世紀に遡る中国の民間歌謡であった竹枝詞はそもそも、川や湖、小川、海岸線など、水のある空間とそこに住む人びとの生活を表現した点に特徴がありました。その伝統を、時代も環境も異なる江戸期の庶民がいかに継承し発展させたか。また、川柳をはじめとする同時代の詩歌と、テーマあるいは形式的にどの程度重なり合っていたか。美しい風景写真や浮世絵の画像を織り交ぜながら、新旧の詩歌が比較分析されました。殊に、品川や隅田川近辺に居住していた船頭や遊女らを扱った詩を取り上げたくだりでは、環境や水資源に依存しつつ、失望と苦難、痛みと喜びが絡み合う心象表現が、中国の詩人の精神世界とも一致するという指摘が強く耳に残りました。

 今回のセミナータイトル “petals on a wet, black bough” は、モダニズム文学の先駆けともいわれる、米国の詩人エズラ・パウンド(1885年−1972年)の短詩からの引用ということですが、そのパウンドもやがて虜になったという東アジアの伝統詩の奥深さに触れることができたのは幸いでした。

*エズラ・パウンドの詩「地下鉄の駅で」の一節(新倉俊一編・訳『エズラ・パウンド詩集』小沢書店、1993年より)


(文・白石恵理 総合情報発信室 助教)
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