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日文研の話題

[Evening Seminarリポート]旧優生保護法と、見えざる被害者の声(2020年9月3日)

2020.09.17
 9月3日、アストギク・ホワニシャン外国人来訪研究員(ロシア・アルメニア大学上級講師)を講師に迎え、英語によるイブニングセミナーがオンライン同時配信により開催されました。
 
 ホワニシャン研究員は、近現代日本における優生学の歴史や、性と生殖をめぐる政治・思想研究に取り組んでいます。当日は、“Victims of Forced Sterilizations in Japan and the Politics of Redress”(強制不妊手術の被害者と賠償をめぐる政治)をテーマに、日本社会のなかでごく最近まで置き去りにされてきた旧優生保護法(1948-96年)下での不妊手術被害の実態を、綿密な調査データを基に振り返りました。
 
 まず、私たちの記憶に新しい今年6月30日の出来事から話は始まりました。旧優生保護法の下で不妊手術を強制されたのは違法だとして、国に3,000万円の賠償を求めた北三郎さん(77歳、仮名)の訴訟判決で、東京地裁は原告側の請求を棄却しました。強制手術が憲法の保護する私生活上の自由を侵害したことは認めながらも、手術から20年以上が経過し、賠償請求権が消滅していることなどが棄却の理由でした。判決では結局、北さんを含む16,500人以上に強制不妊手術を行う根拠となった旧優生保護法の違憲性それ自体には触れられなかったといいます。
 
 優性保護法成立から廃止までの過程と、その間に実施された強制不妊手術の具体的事例を聴きながら、何度も心に響く言葉に出会いました。その一つが、旧優生保護法の下でこれほどまでに人権やリプロダクティブ権(子どもを生み育てるかどうかを決める権利)を侵害されながら、なぜこの問題が2018年までほとんど取り上げられることもなく、見過ごされてきたのかという問いかけです。他方で例えば、ハンセン病患者に対する国の隔離政策の問題が90年代後半に大きな注目を集めたのとは対照的だと指摘します。元患者や家族による国家賠償訴訟判決では、2001年に熊本地裁が旧「らい予防法」を違憲として原告側の賠償請求を全面的に認め、のちに厚労相が正式に謝罪しました。
 
 同じ人権侵害問題でありながら、世間の注目や共感度、賠償内容に差が出るのはなぜか--。今、ホワニシャン研究員は、家族にさえ経験を話せずにいた強制不妊手術の被害者一人ひとりにインタビューを行い、その知られざる証言を一冊の本としてまとめる計画を立てているそうです。それは同時に、名前も顔もない「被害者」を生み出す社会構造そのものを明らかにする試みだと語ってくれました。


(文・白石恵理 総合情報発信室 助教)
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