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日文研の話題

[Evening Seminarリポート] 19世紀 武家の女性の“おもしろき”日々 (2020年7月2日)

2020.07.16
 新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、日文研でも4月以降、各種行事やイベントの中止・延期が相次いでいます。そのような中で7月2日、所内関係者限定でZoomを使用した英語によるイブニングセミナーが開催されました。

  日本の日常生活史を専門とするサイモン・パートナー外国人研究員(デューク大学教授)が、“Class and Gender in an Age of Revolution: The Life of a Samurai Housewife before and after the Meiji Restoration”(変革期における階級とジェンダー――明治維新前後の武家女性の暮らし)をテーマにレクチャーを行いました。
 
 社会全体が大きな節目を迎えた幕末から明治期の女性の生活を探るうえで、今回紹介されたのは、和歌山城下、紀州藩校の学者の家に生まれ、のちに紀州藩士を婿養子に迎えた川合小梅(1804-1889)の日記です。歌人であった母から和歌を学び、文人画もよくする教養人だった小梅は、結婚した16歳から70年間、主婦業の傍ら日々の様子を淡々と綴りました。ひとりの生活者の視点からみた日記として、希少で極めて貴重な史料といわれます。

 パートナー研究員は、膨大な記録の中から特に、1837年以降の記述に焦点を当て、当時の武家の生活様式に着目していきました。家計を切り盛りし、家事や母親業をこなし、雇い人や徒弟の世話、四季の行事から社交に至るまで、関心は尽きないと言います。藩士で婿入りしたのちに家を継いで儒学者となった夫との暮らしぶりは決して裕福とは言えず、しかも一日のほとんどを家内で過ごす中で、節約のために保存食を常備したり、綿糸を紡ぎ、織物に精を出したり。しかしその一方で、武家のならいとしての他所との贈答は欠かさなかったとか。御用達だった質屋の一軒「伊勢屋」に出向くことを“伊勢参り”と呼んでいたなどというのは微笑ましい話でした。

 さらにユニークだったのが、毎年の支出の2割近くを酒代が占めていたという驚きのエピソード。例えば、酒米の生産量が制限されていた1837年当時、一家は近隣の村から酒を大量に買い上げて、半分を自宅用に、残り半分を知人に贈るという行為をたびたび繰り返しています。酔っ払いの逸話も数しれず。そんな一家の生活も明治維新後には激変し、70代を迎えた小梅は若い頃よりも苦労の連続で、家計を支えるために、絵を教え、和紙の小物なども制作していたそうです。

 小梅日記の大きな特徴は、その内容が多岐にわたっていたことだと、パートナー研究員は総括しました。天気や来客の話あり、慶弔あり。かと思えば、科学的な自然現象や大衆文芸にも関心が深い。西南の役や暗殺事件など政治の動きに触れた記事が多いのも、他の女性の日記と異なる点だと指摘します。幕末から明治にかけて女性の教育方針にも変化が見られる中、教養があり文化的・専門的な能力を生かして家庭を支えた、稀有な女性の生き様に触れたひとときでした。


(文・白石恵理 総合情報発信室 助教)
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