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日文研の話題

日文研共同研究会「身体イメージの想像と展開――医療・美術・民間信仰の狭間で」(安井・マルソー代表)第9回「“感染症”を考える」“Considering ‘Epidemics’”を開催しました(2020年7月18日)

2020.07.22
 日文研外来研究員で医学史が専門の香西豊子さんが、ご著書『種痘という<衛生>―近世日本における予防接種の歴史』(2019年、東京大学出版会)に基づいて、種痘が日本に導入される近世後期に、日本各地で何かおこっていたのか、詳細を発表しました。ヒトに感染するウイルスのなかで唯一根絶された天然痘(疱瘡)に対して、国家の<衛生>事業として種痘がおこなわれるのは明治時代になってからです。イギリスのエドワード・ジェンナーが牛痘種痘を発表し、18世紀末にイギリスで実用化された牛痘種痘は、1849(嘉永2)年に長崎にもたらされ、日本列島各地に分配されていきました。そこには約半世紀のタイムラグがありますが、だからといって日本列島での“感染症”への対処のしかたが「遅れていた」というわけではありません。すでに疱瘡にたいして、時代や地方ごとにじつに多様な処し方が編みだされていました。こうした習俗や医学における実践の厚みが、あらたな疱瘡対策をもとめることにつながらなかったのではないか、と香西さんは分析しています。現代とは異なり、近世の身体と病に関して、医は、多くの対処法の一つであったというわけです。
 
 質疑応答では、疱瘡と「ケガレ」の観念との関係、また「障り(さわり)」について質問が出ました。穢れについては資料に直接の言及はなく、また「伝染」という言葉も、現在のような意味で用いられていたのではなかった点など、近世の史料を読んでいく際の留意点も示されました。
 
 続いて大阪大学医学部附属病院産科医の遠藤誠之さんに、現在のコロナ禍における産科医療の現状を話してもらいました。大きく変った点の一つに、分娩時の「立ち会い出産」をなくし、赤ちゃんが入院している際の面会を一日一回30分のみとするなど、感染を防ぐための具体的な対処法が紹介されました。とりわけ後者については、母子の愛着形成が今後の課題であることも示されました。
 
 次に今井秀和さんが、「胎児と幼児の神秘イメージ―鬼子、予言児、件の系譜」を発表しました。コロナ禍において予言獣・アマビエが国内外でたいへんな人気となり、アマビエをあしらったさまざまなお菓子などが販売される中、予言獣ならぬ「予言児」と呼びうる不思議な子どもをめぐる説話や、現代のネットロアについて分析されました。興味深い発表の詳細については、これから編集する研究会の報告書にてご紹介いたします。
 また鬼子に関連させて、胎児の様子を描いた近世の『女重宝記』および『絵入日用女重宝記』の胎内十月図が紹介され、胎児の図像について活発なディスカッションを行いました。
(参考:今井秀和「『絵入日用 女重宝記』について」『日本文学研究』44号、大東文化大学、2005年)
 
 遠藤さんからは、産科医の視点からみた胎内十月図の胎児について胎動との関連や、胎毒に基づく胎児観などの質問が出され、ディスカッションが深まりました。
 胎児のイメージは、身体イメージの研究会の継続したテーマの一つです。
 
 近世の種痘をめぐるさまざまな対処法、また、迫り来る災厄に対する予言獣、予言する鬼子の伝承などを踏まえて、近世から近代、そして現代の身体と病、医学の関係をどのように捉えていくのか、研究会では引き続き「感染症」についても考えていきます。
 
 今回はコロナ禍の共同研究会を、日文研およびオンラインでの参加、また学術手話も取り入れた形で開催しました。海外からは韓国、ニュージーランド、エジプトからの参加があり、グローバルなネットワークの中、ディスカッションができました。


(文・安井眞奈美 研究部 教授)
  • ソーシャルディスタンスをとり、オンラインでの参加も含めた日文研での共同研究会ソーシャルディスタンスをとり、オンラインでの参加も含めた日文研での共同研究会
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