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日文研の話題

[日文研フォーラム・リポート]東アジアのまなざしから羽衣伝説を語る(2020年1月14日)

2020.01.24
 ある男性が沐浴している天女の羽衣を隠してしまう。それを機に天女を妻とするものの、羽衣を取り戻した天女は天上に戻り、結婚生活に終止符がうたれてしまう――。これは異類女房譚のひとつ、天人女房譚のストーリーです。世界に分布するこのおはなし、日本では「羽衣伝説」ともいわれ、多様な伝承をみせつつ全国各地に根付いています。
 
 1月14日にハートピア京都でおこなわれた日文研フォーラムでは、総計152名の聴衆が「天人女房譚の地域性と国際性―韓国との比較を通じて」と題した李市埈外国人研究員(崇実大学校日語日文学科教授)の織りなす緻密かつユーモラスな語りに耳を傾けました。日本説話文学を専門領域とする李研究員は、まず『風土記』など天人女房譚に関連する近代以前の資料を紹介。そののち、天人女房譚がたりの背景や類似した韓国・中国の昔ばなしを概観し、東アジアにおける類型やモチーフの比較を試みました。
 
 李研究員による報告を受け、本フォーラムにコメンテーターとして登壇した日文研の荒木浩副所長は、東アジアにおける物語伝承の考察には、日中比較だけではなく韓国という視点が入るとより立体的になることに言及。そのうえで、東アジアの枠組みを超えた世界的な天人女房譚の拡がりや、天人女房譚にみられる宗教的な影響についても議論の俎上にあげ、さらに広い展望から天人女房譚研究の意義を説きました。
 
 終盤、フロアを交えたディスカッションでは「韓国における天人女房譚の分布と南北での差異」や「天人女房譚の派生・伝播の方法」などに関して、いつも以上に多くの質問が寄せられ、質疑応答のあいだ、発表者・聴き手・コメンテーターによる双方向のコミュニケーションのなかで、さらに幅広い研究深化の糸口が紡ぎだされていく、そのような瞬間が幾度となく垣間見られました。そのなかで出た「昔ばなしの研究って、未来にどのように役だつ?」という質問に対し李研究員は、世界的に共通項をもつ昔ばなしは通史的な観点だけでなく、各地で根付いた文化的背景を大いに反映している題材だからこそ縦割りの比較が可能であること、そしてそれらの縦横断的かつ綿密な「過去」の検証こそが、今後の「未来」を考える礎となると述べました。さらに「『古典』にとって大事なのは『未来』を考えること」と指摘する荒木副所長は、昔話だからこそできる言語を越えた国際文化比較研究の重要性にも言及し、熱い議論のなかでフォーラムは幕を閉じました。――「過去(昔)」を振り返らずして、「未来」は構想できない。文学研究だけでなく歴史研究をおこなう上でも必要不可欠なその視点の重みを改めて感じた、有意義な時間(とき)でした。
 

(文・光平有希 総合情報発信室 特任助教〔人文知コミュニケーター〕)
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