カッパガミサマノミタラシイケ 1956年 宮城県 磯良神社,通称河童神様の御手洗池はどんな日照続きでも水の涸れることがなく,それが用水堀に続いていた。昔,近所の安彦甚之丞という者が,ある夏仲間と二人で用水堀をくぐって泳ぎ回っているといつのまにか水底から水の無い所に出た。そこには立派な家があり,窓から覗くと美しい娘が機織をしていた。「ここは人間の来る所ではない。早く帰りなさい。」「ここに来た事を三年経たぬうちは人に語るな。語れば必ず禍がある。」と言われたので,夢中で逃げ出すと何時の間にか元の用水堀に出ていた。一人はつい口を滑らせてしまい,原因不明の高熱で急死してしまったが,甚之丞はなかなか話さなかった。
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カレルイズミ 1932年 滋賀県 蒲生郡武佐(むさ)村には、涸れない泉がある。昔、ある秋の末頃、お百姓たちが野菜を洗っていると、醜い風体の乞食坊主が通りかかり、足を洗わせてほしいと頼み込んだ。にべもなく断ると、坊主はじっと泉の面を睨みつけて、悄然と立ち去った。以来、毎年秋の終わりになると、涸れないはずの泉の水が、すっかりと涸れ上がってしまうようになったという。
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ウナギ 1982年 千葉県 享保9年7月29日、長さ3間余りの鰻が出た。人足6人で運んだ。
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カタメノフナ 1966年 山形県 旱魃続きで雨が欲しいときには、旱魃でも決して涸れることがないという入り口も落とし口もない薬師社の池に入って掃除をする。そして、その間に大夫様が雨乞いの祈禱をする。それはこの池に住んでいるちいさな片目の鮒が池の掃除に怒って雨を降らせるのである。
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(ゾウジョウジノチョウズバチ) 1974年 東京都 増上寺にある手水鉢は名石で、数年経ても水は朽ちなかった。干ばつや梅雨の時にも水は増減しなかったという。
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(シンボク) 1982年 千葉県 享保9年7月12日、神木が燃え出した。目通は焼けなかったが、それ以外は焼失した。
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サブサワシミズ 1956年 宮城県 春日明神が授けたという御手洗水。
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チョウズバチ,マンカンノチョウズバチ 1976年 大阪府 一心寺の観音堂の前にある手水鉢は、潮の干満と対応して湿ったり乾いたりする。
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カッパガミミタラシイケ,タナバタ,ハタノオト 1956年 宮城県 磯良神社の御手洗池は底知らずであるといわれる。竜宮のような御殿があって姫が住み、毎年七夕に、池の底から機の音がするという。
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コウボウダイシ 1937年 京都府 犬飼川のほとりの百姓家で弘法大師が飲み水を求めたが、その家は断った。それから犬飼川は水の入用な季節には流れなくなった。
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ビシャモンテン,(アマゴイ) 1976年 大阪府 白河院の御宇、永保2年に旱が起こった。その時、大江神社(乾の社)の毘沙門天像を葭島にわたして雨を祈ったところ、たちまち霊応があった。以来、6月16日を夏祭りとして、神輿を葭島にわたし、神供をそなえていたという。
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ダイコンガワ 1986年 大分県 貧しい身なりの旅僧(弘法大師)が,芋や大根を洗ったり洗濯をしている老婆にそれらを所望したが,断わったり,洗わない芋を与えたので,その川の水が無くなった。
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〔イマタワラノミズナシガワ〕 1986年 大分県 貧しい身なりの旅僧(弘法大師)が,芋や大根を洗ったり洗濯をしている老婆にそれらを所望したが,断わったり,洗わない芋を与えたので,その川の水が無くなった。
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〔ソウダノミズナシガワ〕 1986年 大分県 貧しい身なりの旅僧(弘法大師)が,芋や大根を洗ったり洗濯をしている老婆にそれらを所望したが,断わったり,洗わない芋を与えたので,その川の水が無くなった。
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〔タキオノミズナシガワ〕 1986年 大分県 貧しい身なりの旅僧(弘法大師)が,芋や大根を洗ったり洗濯をしている老婆にそれらを所望したが,断わったり,洗わない芋を与えたので,その川の水が無くなった。
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ヒガシネノナナフシギ,ミズ,カネ 1956年 宮城県 鳩原福応寺の御手洗池はどんな雨降りでも水が濁らない。(あるいは、狭田部落では、寺も民家もないところから必ず夕刻に鐘の音がカンカンと聞こえた。)
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(リュウグウ) 1982年 群馬県 一峯神社の御手洗(みたらせ)の膳棚という池は竜宮まで続いていると言われた。膳椀が必要なとき、この渕に手紙を流して頼むと貸してくれた。あるとき吸い物椀の蓋を返さなかったので、もう貸してくれなくなった。その椀の蓋はまだある。
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スガワラノミチザネ,アマゴイ 1934年 香川県 菅原道真が讃岐の守であったとき、大旱魃で、自ら雨乞いをした。城山の天神の御託宣に従って、墨を含ませた筆を天に投げると、たちまち雨が降った。5月雨で傘が黒くかびるのは、その墨汁のせいともいう。
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オンガフチ 1938年 京都府 恩ヶ淵は太古以来、枯れたことの無い淵で、旱魃の年には必ずここで雨乞いをする。
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ハテヒノカワ 1929年 東京都 末吉村の外れにあるハテヒノカワという清水は、為朝が矢筈で掘って水を涌出させたものだという。今もって旱魃にも水の涸れた事がないという。
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