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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

キツネ
1956年 宮城県
昭和の初め頃まで,夜に野蒜駅前の松林を通る人が何時の間にか鰯山の方に歩かされ,海岸近くに行って波の音で初めて正気付くと土産物の食べ物がなくなっていることがあった。最近30年間で被害者は23人にのぼる。

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キツネ
1956年 宮城県
夜間,道のないところに道が通っていて,そこを歩いていくと土産物を狐にとられてしまうという話がかなりある。
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ムジナ
1976年 埼玉県
明治36年生まれの女性が小娘の頃、お祭りの帰りに肉を土産に持って帰ってきた。杉山の側を通ったあたりで変になって道がわからなくなり、一晩中山の中を歩き回った。人の声がして正気に戻ると、手足は怪我だらけで買ってきた肉は持っていなかった。
類似事例

ツルベオトシ
1992年 福井県
大きな欅の木があって、そこを夜中に通ると木の上から釣瓶が落ちてきて人を傷つけたので、今でもそこを釣瓶落としといい、夜そこを歩くのを嫌う。
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ヒ,タコ
1929年 長崎県
ある寡婦が磯漁りに行ったところ、蛸の足が石の上に出ていた。彼女は喜んでこれを切って持って帰り、夜の慰みに使った。このようなことを7度繰り返し、8度目に最後の足を切ろうとしたところ海に引きずりこまれて死んでしまった。それ以来山から原城の沖へ毎晩火が飛んでいくようになった。
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ネコタノコウシンヅカ
1956年 宮城県
郷士阿部某の娘が夕方向山の北裾の山路を通ると,突然身の丈6尺程の大猿が現れ,娘は失神してしまった。翌朝家人が失神している娘を見つけ,家に担ぎ込んだが,娘は日増しに痩せ衰えていく。ある日村の若い衆が見舞いにきて娘の額に手を当てようとしたところ,突然男の頭に柿の実が飛んできてぶつかった。見廻しても仲間しかおらず,翌日も同じ事が続いたので三日目には見張りをつけた。一人が娘の額に手を触れると,突然屋根裏から南瓜が投げ落とされる。上を見ると天窓から大猿が歯をむき出していたので,大勢で追いかけたところ向山のほうに逃げてしまった。その後も,見張っていないと大猿がやってくるので,刈田岳のマタギに頼んで大猿を撃ち殺してもらったが,同じ時刻に娘もあっとうめいて息を引き取ってしまった。その後村人は娘と猿の供養のために山の北麓に庚申塔を建ててやった。初め猿田の庚申塔といっていたが,現在では猫田の庚申塔といわれている。
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テング,カミカクシ
1964年 福島県
以前は、七つ森の峠越しでは天狗様のお怒りにあって神隠しに遭うというので、生臭や女気を断って一週間の行をした。明治の頃、ある人が信じずに山仕事に米を背負って出かけて、行方不明になった。山探しをすると20尺(6m)もある木の上に、米を背負ったまま引っかかって死んでいた。
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ネムリマツ
1990年 長野県
その松の下で一休みをしていると、必ず眠気が来て、眠ってしまうという。昔、眠っているところを追いはぎや盗人にあうことがよくあったという。
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オオキナイシ
1932年 長野県
鼎村の路にある大きな石に、昔百姓が米俵を背負って一休みして居眠りをしているうちに、米俵がなくなった。石が食ったといわれている。
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カイブツ,チ,マツ
1990年 山梨県
昔、夜に山の峠の松のところを通った人が怪物に殺され、木の下に埋められた。この話を聞いた村人が翌朝行ってみると、木の幹から血が流れ出ていた。
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ヤマンバ
1982年 新潟県
明治時代のこと。5人の猟師が山へ出かけた。10日分の食料を持ってでたが、10日たってももどらず、20日もたってから、清水の衆が20人で山へ探しに行くと、5人の猟師は死んでいた。いずれもその尻に食いきったような穴が開いていて、山ンバが食いちらかしたのだといわれていた。持って出た食料はまだ何日分か残っていたという。
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ユウレイカイドウ
1935年 岐阜県
平湯峠から広瀬に至る尾根に何時の頃からか夜中に得体の知れぬものが通ると言われるようになった。ある時百姓が正体を確かめようと仲間とそこに向かい、夜尾根で野宿した。すると枕元を数十人の群れが「御仏米を食べているのでとれない」と言いながら通過した。
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ヤマビト,ヤマオトコ
1986年 秋田県
230年程昔、ある夏の夕食後に太平森の方から足音を響かせて山人がやって来た。それは2メートル以上あり髯は胸まで垂れ、熊の皮を着ていた。危害は加えず、食べ物をやると食べ、相撲を取ったりした。人の悲鳴に驚いて逃げた。
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カゼノサブロウ
1977年 青森県
秋の日露戦争慰霊祭の日の風の強い夕方、原集落で7,8歳の男の子がいなくなった。翌日、夏坂の山でキノコ狩りの人たちがその子が大きな切り株に座っているのを見つけた。風の三郎にさらわれたのだということになった。
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キツネ
1971年 岐阜県
1930年ごろのこと。門野と遠山の間の傍示松には狐がいた。あるとき豚を背負って歩いていたら、いつの間にか道に迷って山の中にいた。不思議に思って振り向いたら、後ろに大きな狐がいた。化かされていた。オカモチ(竹籠)に豆腐や油揚げなんかをいれてここを通ると、狐に取られてしまう。
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キツネ
1956年 宮城県
明治の中頃,ある男が婚礼に参加し折詰めやお土産を貰っていい機嫌で帰ってきた。しかしいくら歩いても家の近くにある筈の森が見つからず,気がつくとまた元の場所に戻ってきている。落ち着いてよく見ると,そこにはちゃんと森があった。帰宅してみるとお土産はみんな無くなっていた。その場所ではしばしば村人が狐に騙され,道に迷わされて食べ物を巻き上げられた。
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ヒイミサマ,ボウレイ
1928年 東京都
昔々、大島の泉津村の代官は租税の取り立てなど、すべてにおいて暴虐だったため、正月24日の夜、村の若者25人に切り殺された。若者たちはその夜のうちに波治加麻明神の大木を切り倒して造った丸木舟で村を逃れたが、暴風で舟が転覆して、皆死んでしまった。その後、毎年正月24日の夜中には25人の霊が丸木舟に乗り、五色の機を立てて村を訪れるという。
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ダラシ
1920年 長崎県
千々石から島原へ向かう古道、平石の道中にあるノトンの坂付近では、昔からダラシが憑くという。あるときノトンの坂と反対にある平石と魚洗郷との間の坂(名称不明)の山道で男が腹を押さえて座っているのを見かけた。弁当を食べさせるとすぐに元気になった。弁当は一口二口食べさせて残りは藪の中に捨てた。ダラシに憑かれたら何でもよいから食べ物を食べて残りを付近に捨てると離れるという。また、食べ物がないときは、手に「米」という字を指の先で書き、嘗めると元気になるという。これらは昔旅人が餓死し、それが祟るためだとされる。あるいは平石観音の下の辺りで何人かが首を吊っており、それが祟っているという話もある。
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キツネ
1936年 鳥取県
十年程前、六十才位の婆さんが村の者4,5名と弁当を持って近くの山に葺取りに行ったが、帰りに婆さんがいなくなった。手分けをして探したが、見つからなかった。村の人達は狐に弁当残りの魚の骨をはねられて、化かされてしまったに違いないと言っている。婆さんの死体は2,3ヶ月過ぎて、村から三里離れた山奥で発見された。
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ダラシ
1920年 長崎県
温泉峠を旧島原城下から千々石方面へと横切る山道では、旅人がダラシに憑かれてひどい目にあったことがある。45,6年前、40歳くらいの男がダラシに憑かれて手足がシビレたようになり、一歩も動けなくなった。島原を出るときに聞いていたので、持っていた握り飯を食べる少し気分が戻った。
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フルソマ
1915年 高知県
深山で「いくぞーいくぞー」という声が山に鳴り渡ると、やがて木の折れる音がして、すぐ近くに大木の倒れる音がする。けれどもそのほうに行ってみると何も無い。これを古杣と言い、むかし伐木の際に木に打たれて死んだ者の仕業だと言われている。
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