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検索対象事例

オサキ
1978年 群馬県
オサキ事件がある。とある2人が昭和10年頃からコンニャク仲介業、昭和15年からはコンニャク製粉会社を経営したが、次第に一方(仮にA)が実権を握り最終的に工場を買い取った。2人は互いにオサキモチ、キツネモチと罵り合う関係になった。後にAの行動は専横になり、コーチの土地を勝手に道にしたり用水地の石垣を壊して裁判となったが、当時のコーチ世話人がもう一方の人物(仮にB)であった。昭和25年頃からAを廻るオサキ事件が多くなり、オサキモチと認知されるようになった。昭和28年にはBの孫がオサキに憑かれ、祈祷の最後に御幣がA家のほうに倒れたことからA家のオサキと認知された。土地を巡る争いもある。

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オサキ
1975年 群馬県
昭和28年、L家の3才の男子がオサキに憑かれて1週間ほど仮死状態となった。ついたオサキが強かったのでなかなか落ちず、御嶽行者が3度も祈祷をして落とした。祈祷の最後の送り出しで御幣がM家の方向に倒れたのでついたオサキはM家のものとわかった。L家とM家は土地の売買をめぐって、また事業をめぐって長年争っていた。
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オサキ
1976年 熊本県
オサキと呼ばれる山に入るのは、村人も嫌っていた。オサキに近寄ると頭が痛くなったり、怪我をしたり、何か恐ろしい目にあう。道が交差しているところもオサキと呼ばれている。
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オサキ
1975年 群馬県
明治40年頃寺の住職がオサキに憑かれ、動物のような振舞をするなど奇怪な行動を繰り返した挙句腹を食い破られて死んだ。憑いた理由はオサキモチの家の法事に格の低い衣を来て行った事と、その家が貧しくてオサキに十分な餌を与えていなかったためである。その後稲荷社を建てて毎月供物をあげてそのオサキを養った。
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オサキ
1950年 群馬県
オサキは金を好み、それで金持ちになると「オサキが憑いている」と噂が立つ。しかし嫌気が差すとその家を貧乏にするので扱いづらい。釜や櫃のふちを杓子で叩くとオサキが出てくるので嫌う。家に遊びに来た者に憑く事もあり、オサキの話をすると憑くともいう。
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オサキギツネ
1972年 埼玉県
主婦がオサキ狐に憑かれ、それを追い出すといってもみ殺された事件があった。最近でも同じような事件が起きている。
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オサキ(ゾクシン)
1957年 群馬県
オサキはネズミとイタチの雑種のような形で、灰色か白であると言われていることが多い。敏速で、集団で行動する。人につくと気狂のようになる。逆に願いがかなうとも言われるが、つかなくなると死ぬ。家につくとその家は栄えるが、オサキを粗末にすると貧乏になる。おひつのふちをたたくと、オサキがよってくるという
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カミカクシ
1983年 千葉県
カミカクシ(神隠し)で、Aさんが4・5才の頃、祭りの日にいなくなったので、村中で捜した。大雨が降った後、Bさんの親のおばあさんが畑に行って、大きな椎の木の木の根元で泣いているAさんを見つけた。
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オサキ
1957年 群馬県
オサキは人の目には見えない獣で、どんどん増える。オサキが憑くと狐憑きのようになる。オサキは他の家の金や蚕を運んでくる。小豆の御飯をやらないと怒って逃げてしまう。国越えをしないので、他県にはいかない。出稼ぎの人が群馬県で聞いてきた話。
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オサキ,オーサキ,オサキギツネ
1975年 群馬県
人に憑くと考えられている動物はキツネとオサキである。オサキはネズミやイタチに似た実在の小動物で、尾が長く、群をなす。耳が人間と同じような形で、後ろ足で立って人を招くともいう。しばしばオサキとキツネは混同され、オサキギツネという言い方もされる。特定の家に飼われており、飼っている家をオサキモチやキツネモチ、またアシモチ(足持ち)、ヨツアシ(四つ足)などという。持ち筋は経済的に上層にあった家が多く、通婚、交際などで持ち筋となるが、様々なケースがあり個々人の判断が大きく関わっている。
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オサキ(ゾクシン)
1957年 群馬県
オサキは血縁的血統によって家につく。利益神として信仰され、オサキを飼うとか使うことによって、米や粉、蚕等を他家から持参させる。徳川期にはオサキ持が排斥されたことが文書に残されている。
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オサキ
1978年 群馬県
オサキモチはオサキを飼っているとされる。主人の嫉妬心や妬みを察して相手に身体的あるいは精神的被害を及ぼす。前者では憑依現象を伴い、死に至らしめることもあるが、悪寒、頭痛、めまいなどの場合もある。後者は盗難などである。いずれにせよオサキは主人の敵を不幸にし、主人を富ますと信じられていて、オサキ大尽という言葉もある。
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オサキ
1922年 東京都
おはちを叩くとオサキが来るという。
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オサキ(ゾクシン)
1957年 群馬県
オサキという動物は鼠より大きくて、狐や兎などよりは小さい。色は灰白、もしくは白で、眼がたてにさけている。これを飼っている家をオサキ持という。この家と通婚するとオサキが移る。人につくと不可解な行動をとらせ、狐つきと同様の症状が出る。
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インネン,ミコ
1981年 東京都
戦争前にある男aが内牢に入れられるほどになり、東京の病院にも入れたが良くならなかった。ミコが拝むと、その人の祖父がある男bと経済的な争いを起こし、そのためにbは首をつって死にそのインネンがaにのったということだった。地蔵を立てて供養したが、bは「もっと値打ちのある地蔵を建てろ」と怒り、別の地蔵を建てたという。
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オサキ
1978年 群馬県
昭和45年、男の次男正(5才の子供)の様子がおかしくなり、家にこもり、N村行きのバスが通る頃になると「乗る」といって家を出ようとした。義兄の御岳行者に相談した所、親戚筋に当たるある男の家のオサキが憑いたためと診断された。一家は複雑な親族関係にあり、義兄は多くの病気や失せ物をその男の家のオサキの仕業と診断しており、対立する一家を御岳行者という立場を利用してだんだんオサキモチにして行ったと考えられる。
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キツネ
1989年 山梨県
Aさんのお姉さんが下へ買い物に出た。帰ってくる頃にAさんが迎えに出ると、稲又という川のところに来たのが見えたが、いつまでも川のところをウロウロしている。何をしているのかと聞くと、道が途中で消えてしまい上へいかれないという。声をかけると覚めて道がわかるようになった。狐に化かされたのか。
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オサキ
1975年 群馬県
大正8年頃20才の男が流行性感冒にかかり弱っている所にオサキがついた。半年ほど苦しみ祈祷の効果が無いので有名な稲荷神社へ御札を受けに行かせたが札が届くと同時に死んだ。腹には穴があいていた。その男についたオサキは隣家から来たとしゃべった。当時両家は土地の境界争いをしていて、それが原因と考えられた。
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クダギツネ
1984年 山梨県
Aさんが小さい頃に、お蚕がひとりでになくなるということがあった。それはクダ狐が食べたという。
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カミノベロックノカミノタタリ
1970年 岡山県
明治末期に八幡神社に上野部六区の神を集めて合祀した後、多くの人が生木を出て行くという悪いことが続いた。それは寄せ宮をしたからだということで、A氏に頼まれてB氏が発起人になって、生木部落で祀っていた5つの神に元の場所に帰ってもらった。これは昭和7年のことである。
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オサキ,キュウビノキツネ
1922年 埼玉県 茨城県 栃木県
昔九尾の狐が殺された時に、その尾先が飛んだが、それが落ちた家筋のものは仲間はずれにされている。特に結婚は除外されている。彼らの生活は中以上で、百姓もいれば商人もいる。「お鉢を叩くとオサキがつく」という言い習わしがあって、いったんオサキがつけば大食になり、飯を前歯で噛むようになるという。オサキを落とすには専門の行者がひきめの弓をひくという。
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キツネ
1985年 山梨県
昭和15、6年ごろ、Aさんが映画を見た帰りに、はぐれて1人でくると、寒くなった。Bさんのところの道の坂の途中まで来ると、頭だけ大きくてちっちゃいものが前をゆく。前にムジナやキツネが人を操って化かすときには、後ろで操作すると本で読んだことがあったので、カーブを曲がるとき後ろを見たら猫のようなちっちゃなものがおり、前のものはいなくなっていた。気がついたから何もされなかったけれども、気がつかなかったら、きっとどっか連れて行かれて迷わされていた。
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