■研究活動 共同研究 2013年度
日本的時空観の形成
領域 第二研究域 構造研究
本研究の目的は、日本の伝統的な世界観がいつ、どのように形成されたかを明らかにすることである。世界観は空間観念のみならず、時間観念を含み込んで構成されると考えられるので、この両面からの検討をあわせ行なうことにしたい。課題名を「日本的時空観の形成」としたのはそのためである。
日本人の空間観念は、日本列島という島嶼社会において育まれた。陸地は山や川によって小さく区切られ、大陸のような茫漠たる広がりをもたない。しかし、列島を取りまく海は水平線の彼方まで続き、外部世界との通路にもなってきた。こうした地理的環境に規定された空間観念は、日常的な生活空間の認識に始まって、地域的な政治領域、さらには国家領域をどのように編成・説明するかという関心につながり、列島を包摂する全世界のなかに自分たちをどう位置づけるかという問題にも及んだ。歴史的に見れば、古代前期(律令体制以前)に原初的な政治領域「クニ」が形成され、その集合体である「天下」を大王が支配した。大王や豪族は国外の勢力と交渉し、自分たちが世界の中心にいるのではないという認識を有したことであろう。古代後期(律令体制期)になると、「国-郡-里」の行政区画が生まれ、これが前近代を通じて踏襲された。首都には条坊制、農村には条里制と呼ばれる方格地割が施工され、首都と各地は直線道路によって結ばれた。方格と直線が古代後期の政治空間を特色づけ、「四方国」の支配が実現されたのである。また、仏教的世界観と儒教的世界観が本格的に受容され、国内・国外の空間認識について、それぞれ独自の説明を与えたことも特筆される。中世の空間観念については、巨視的には古代に形成された国土意識と行政区画が生き続けたと評価できる。しかし、仏教的な世界観が深化・変容し、新たな認識を人々にもたらしたことも正当に評価すべきであろう。
一方、日本人の時間観念は、四季の区分がはっきりした温帯モンスーン気候に根ざすものである。円環的な時間観念がこうして生まれたが、それとともに過去から未来に向かう直線的な時間意識も確かに存在した。人間や生物の一生を省察するとき、また地域社会や国家の歴史を振り返るとき、直線的時間観念は当然のこととして発生するのである。古代前期においても二種の時間観念は存在し、一年間の時間サイクルによって社会・政治が動いていくとともに、大王の治世によって歴史を区切ることもなされていた。しかし、五世紀に渡来した暦法は、やはり円環をその原理としながらも、複雑な技術によって時間を認識する最新ツールとして大きな影響を与えることになった。古代後期には暦法が列島社会のすみずみまで行き渡り、中央では年中行事が朝廷儀礼として確立する一方、中国的な歴史書も編纂されるようになった。また、仏教的な時間観念も人々の心に浸透していき、現世と来世という区分(これは空間意識でもある)、正法・像法・末法という時代観、移り変わるものに美を認める意識などを醸成していった。中世の時間観念は基本的にこうした古代的観念の延長上にあったと考えられるが、政治・社会の転変を経て、新しい歴史意識が生まれたことも見逃せない。
このように考えるならば、日本の伝統的時空観は古代においてその主要部分が形成され、中世はその深化・変容の過程であったという予測を立てることができる。そこで本研究では、古代前期・古代後期・中世それぞれの時期における空間観念・時間観念について、さまざまな視角からの考察を試み、日本的時空観の形成・定着のプロセスを具体的かつ実証的に明らかにしたい。あるいは上記の予測を修正させるような論点が提示されるかもしれないが、それは研究の成果としてむしろ歓迎されるべきことである。文献史学(日本古代史・日本中世史・アジア史)、考古学、歴史地理学、国文学の研究者が集って、個性的な研究報告を行ない、活発な議論を重ねることにより、日本的世界観を再検討・再評価することが可能になるであろう。
(以下の研究組織は2013年4月1日現在のものです)
研究代表者 | 吉川真司 | 国際日本文化研究センター/京都大学大学院文学研究科・客員教授/教授 |
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幹事 | 倉本一宏 | 国際日本文化研究センター・教授 |
共同研究員 | 井上直樹 | 京都府立大学文学部・准教授 |
〃 | 今津勝紀 | 岡山大学社会文化科学研究科・教授 |
〃 | 上島 享 | 京都大学大学院文学研究科・准教授 |
〃 | 宇野隆夫 | 帝塚山大学人文学部・教授 |
〃 | 大津 透 | 東京大学大学院人文社会系研究科・教授 |
〃 | 門井直哉 | 福井大学教育地域科学部・准教授 |
〃 | 上川通夫 | 愛知県立大学日本文化学部・教授 |
〃 | 河上麻由子 | 奈良女子大学人文学系・助教 |
〃 | 神戸航介 | 東京大学大学院人文社会系研究科・博士後期課程 |
〃 | 佐藤早紀子 | 京都大学大学院文学研究科・博士後期課程 |
〃 | 下垣仁志 | 立命館大学文学部・准教授 |
〃 | 武井紀子 | 日本学術振興会特別研究員(PD) |
〃 | 武田和哉 | 大谷大学文学部・准教授 |
〃 | 西本昌弘 | 関西大学文学部・教授 |
〃 | 畑中彩子 | 東海大学文学部・専任講師 |
〃 | 林部 均 | 国立歴史民俗博物館・准教授 |
〃 | 古松崇志 | 岡山大学社会文化科学研究科・准教授 |
〃 | 細井浩志 | 活水女子大学文学部・教授 |
〃 | 本庄総子 | 京都大学大学院文学研究科・博士後期課程 |
〃 | 横内裕人 | 京都府立大学文学部・准教授 |
〃 | 荒木 浩 | 国際日本文化研究センター・教授 |
〃 | 榎本 渉 | 国際日本文化研究センター・准教授 |
〃 | 徳永誓子 | 国際日本文化研究センター・機関研究員 |
〃 | 堀井佳代子 | 国際日本文化研究センター・技術補佐員 |
海外共同研究員 | 井上 亘 | 北京大学(中華人民共和国)・教授 |
〃 | 劉 暁峰 | 清華大学人文社会科学研究院歴史系(中華人民共和国)・教授 |