■研究活動 共同研究 2013年度

植民地帝国日本における知と権力

領域 第四研究域 文化関係

 近年、日本植民地史研究においては、思想史・文化史・都市史などの各分野で、植民地権力が直接的な暴力以外の回路を通じて現地社会への浸透をはかろうとした側面が注目され、それに対する被支配民族の対応についての議論も精緻化されつつある。
 本共同研究は、日本の台湾・朝鮮・「満洲国」などに対する支配において、学問的知識・政策構想・イデオロギー・スローガンなど多様な形をとって現れた「知」に着目しつつ、それが帝国の支配に果たした役割や、植民地支配のなかでの被支配者の「知」のあり方を考察しようという試みである。検討対象は以下のように大きく三つに分けて設定する。
 知識人の学術活動と政策:京城帝国大学(1926年創設)や台北帝国大学(1928年創設)をはじめとする教育・研究機関は、植民地における学知のヘゲモニーを形成する上で大きな役割を果たしたことが近年注目されつつある。そのような研究者・教育者の学術活動を植民地支配の接点/乖離という点に焦点を合わせながら検討する。
 政策担当者の思想:植民地統治を担当した官僚やブレーンは、自らの学問的素養や植民地経験などのバックボーンに影響されつつ、植民地現地の要請にしたがって固有の政策思想を形成し、時に植民地支配政策の潮流を形作る役割を果たした。彼らの思想形成過程・植民地支配政策への影響の度合いなどを検討する。 被支配民族における知:支配者側の知のヘゲモニーに対し、それに対抗して(あるいはそれを利用して)、現地民族の形成しようとした知を明らかにする。「親日派」や転向者の論理を含む朝鮮人・台湾人らの知識人の知の営みがここでの研究対象となる。
 三つの区分は厳密なものではない。たとえば、1)と2)をまたぐ「学者官僚」は決して珍しい存在ではなかったし、3)の範疇の朝鮮人・台湾人知識人が植民地アカデミズムや植民地官僚機構に身を置くことで1)2)と重なり合う場合もある。このことは逆に言えば、三つの対象を別個の対象として研究を進めても植民地における知の体系を捉えることはできないということでもある。本共同研究があえて広い枠組みを設定して知を統合的に捉えようとするのはこのような理由による。
 このような研究対象を設定する上であらかじめ念頭に置いておきたいのは、まず、本共同研究が、帝国の中心から周縁部に知が放射され伝播していくというような、一部の既存研究に見られるようなモデルを想定しているのではないという点である。むしろ、帝国の中心部で形成された知のヘゲモニーが、植民地現地固有の状況によって、あるいは被支配民族からの読み替えによって変容していくダイナミズムを描き出すことをめざしたい。
 また、これらさまざまな局面での知を具体的に議論するために、できる限り個人の次元から議論を展開したいと考えている。人物研究・個人史研究の集積がただちに帝国日本における知と権力の全体像を明らかにしうるとは限らない。しかし一方で、この点は、帝国全体の中で個人がもった影響力/限界や個人の中で帝国が内面化されていた様相―いわば「帝国の中の個人」あるいは「個人の中の帝国」―という新たな問題を考える糸口としうるのではないかとの期待も持っている。
 知と権力という問題は現代思想の重要なテーマとして追求されてきた。と同時に、現在の高等教育・研究機関においても学問研究と権力の緊張関係は日々問われている。知と権力が否応なく尖鋭な関係を結ばねばならなかった植民地という磁場の中で、政策知・学知などの体系はどのように構築されていたのか――この問題をとらえ返すことは、そうした意味で今日的な意義も持つだろう。
(以下の研究組織は2013年7月19日現在のものです)

研究代表者 松田利彦 国際日本文化研究センター・教授
幹事 瀧井一博        国際日本文化研究センター・教授
共同研究員 飯島 渉 青山学院大学文学部・教授
小野容照 日本学術振興会特別研究員PD
加藤聖文 国文学研究資料館研究部・助教
加藤道也 大阪産業大学経済学部・教授
川瀬貴也 京都府立大学文学部・准教授
河原林直人 名古屋学院大学経済学部・准教授
栗原 純 東京女子大学現代教養学部・教授
愼 蒼健 東京理科大学工学部第一部・教授
通堂あゆみ 武蔵高等学校中学校・教諭
春山明哲 早稲田大学台湾研究所・客員上級研究員
洪 宗郁 同志社大学言語文化教育研究センター・准教授
松田吉郎 兵庫教育大学大学院学校教育研究科・教授
宮崎聖子 福岡女子大学国際文理学部・准教授
やまだあつし 名古屋市立大学大学院人間文化研究科・教授
吉川絢子 京都大学大学院文学研究科・博士後期課程
李 昇燁 佛教大学歴史学部・准教授
稲賀繁美 国際日本文化研究センター・教授
劉 建輝 国際日本文化研究センター・教授
中生勝美 国際日本文化研究センター/桜美林大学人文学系リベラルアーツ学群国際学研究科・客員教授/教授
海外共同研究員 陳 姃湲 台湾中央研究院台湾史研究所・研究員
朴 暎美 檀国大学校師範大学漢文教育科・講師
李 炯植 嘉泉大学アジア文化研究所・研究教授
所長裁量経費による招聘研究員 宋 炳巻 高麗大学校亜細亜問題研究所・HK研究教授
鄭 駿永 翰林大学校日本学研究所・教授
顏 杏如 國立臺灣大學・歷史學系專任助理教授
呉 叡人 中央研究院台湾史研究所・副研究員
何 義麟 台北師範学院台湾文化研究所・副教授