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検索対象事例

トウスケブチ
1956年 宮城県
藤助が渕で釣りをしていると水底から呼びかけられた。声の主は長年渕に住んでいる鰻で,「明晩賢渕の蜘蛛が攻めてくるので声を立てないでほしい,負けてしまうから」と藤助に頼んだ。明晩合戦が始まると藤助は余りの恐ろしさに声を上げてしまい,鰻が負けた。その時鰻の首がものすごい形相で睨んだので,藤助は気が狂って死んでしまった。以後藤助渕と呼ばれるようになった。

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トウスケブチ
1956年 宮城県
牛越橋下の渕にヌシの大鰻がいる。岸に住む藤助という者が渕で釣りをしていると、渕の底から藤助を呼ぶ声がして、明晩賢渕の蜘蛛が責めてくるから必ず声を立てるな、そうすればおれが勝つから頼む、という。合戦が始まった時、藤助は恐ろしさの余り約束を破ってあっと声を立てたので、鰻が負ける。
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(フシギナオト)
1988年 奈良県
猟の好きな藤助という男が猟犬と、鳥屋の中で獲物を待っていると、ドーンという不思議な音がした。飛び出してみたが何も見えず、藤助は鉄砲を撃ち尽くして息絶えてしまった。猟犬が藤助を鳥屋の中に運んだが、火縄銃の火が燃え移って黒焦げになってしまった。村人は非業の死を哀れみ、藤助地蔵を作って祀った。
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タネノトウスケ,キツネ
1981年 鳥取県
種の藤助という家の嬶さんは狐だった。藤助の家の田は、助けた狐の子が恩返しによその田でできた米をくわえてもってきたので豊作になった。
類似事例

ジゾウ,ヒノタマ
2001年 奈良県
ある日、藤助という人が犬を連れて山に猟に入っていた。暗くなって、火の玉のような光が2つ見えた。目の玉みたいな光っているとこを打ったが、鉄砲から火が出て、小屋のところまで来て倒れた。そこへ藤助地蔵が建てたられた。昭和44年、藤助の家を子孫が建て直したとき、藁屋根の土の中から真っ黒けになった火縄銃が見つかった。
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キツネ
1989年 鳥取県
大山の麓の種原で魚売りの商人が大勢の狐に襲われ、木に登って逃げた。「藤助のかかあを呼んでこい」という声がして、大きな古女狐が来た。商人は襲ってきた女狐の額をカナリョウで打ち、女狐は死んだ。種原の藤助は妻が狐とは知らず、田植えができずに困っていたので、仲間の狐が一晩で植えてやった。藤助の稲は穂が出なかったが、刈り取ってみると茎の中から米が沢山出て、分限者になった。
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ゲンベエブチ
1956年 宮城県
昔,渕の崖上に源兵衛というものが住んでいた。梅雨頃,夜更けに若い女がきて「私はこの渕の主の鰻で,明晩川上の賢渕の主の蜘蛛と一騎打ちをする。その時あなたが『源兵衛ここに控えおるぞ』と声を掛けてくれれば勝てるのでよろしくお願いします。」というので源兵衛は承知した。翌晩鰻と蜘蛛の大合戦が始まったが,あまりの怖ろしさに源兵衛ここにいるぞと言えなかった。翌朝見ると鰻の首が噛み切られて源兵衛の家の方を睨んで浮かんでいたので,それを見た源兵衛は気が狂って死んでしまった。その後この渕を源兵衛渕と呼ぶようになった。町の人々が供養のために建てた小祠が近年まで残っていた。
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〔カシコフチ〕
1956年 宮城県
昔,男がこの渕で釣り糸をたれていると,1匹の蜘蛛が男の脛に粘々するものをつけ,向こうに行ってはまた何かつけて帰ってくるということを繰り返した。男がそれを傍らの柳の大木になすりつけておくと,やがて柳の木が根こそぎ渕の中に引き込まれてしまい,渕の底から「賢い,賢い」という声がした。蜘蛛はこの渕の主であったという。それからこの渕を賢渕と呼ぶようになった。伝説源兵衛渕の主の鰻と闘って勝ったのはこの蜘蛛であろう。
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フジ
1977年 富山県
老藤が女に化けることがある。
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ツエ
1925年 岐阜県
揖斐郡の谷波山に、杖の成長した藤があり、御杖の藤と呼ばれている。大夫藤とも言う。
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ゲンベエブチ
1956年 宮城県
霊屋橋下左岸の渕、崖の上に源兵衛という者が住む。五月雨のふる夜、渕のヌシの鰻が若い女の姿に化けて源兵衛を訪ね、「明晩、賢渕の蜘蛛と合戦があるから、源兵衛ここに控え居るといってくれれば勝つ」、と加勢を頼む。当夜臆病な源兵衛は約束に背いて家の中で震えていて加勢しなかったので鰻が負ける。夜が明けたとき向岸に大鰻の頭が浮かび、源兵衛はそれを見て気が狂って死ぬ。
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サケノダイスケ
1966年 山形県
昔、村の鮭川に鮭の主がいた。毎年秋になると「大助・小助・大助・小助」「大助のぼれ、小助のぼれ」と声がして鮭がたくさん川を上ってくる。
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ウナギフチ,オナギフチ,シロイウナギ
2000年 香川県
境内にオナギ渕と言われる渕がある。旱魃のときでも水があり、渕に住む鰻の色が黒ければ雨が降り、白いと日照りが続き、赤い蟹が這っていると大風が吹くと伝えられている。水浴びに入ると腹痛を起こす。宮地区は岩や石のない土地であるのに、鰻渕に大きな岩がいくつもあるのは不思議なことだと古老達は口を揃えるという。
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クツアト
1984年 長野県
荒武者であった新助は、あるとき暴徒に襲われて最期を遂げた。新助の沓跡といわれる石がある。弓の達人であった新助が矢を射るときに踏まえたい石に沓跡が残っている。
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(ニンジュツツカイ)
1974年 愛媛県
炭焼きという所の門田の早助は、忍術が使えた。ある晩、夕食中に一晩で金毘羅様へいけるかという話になり、早助は金毘羅さんへ出かけた。11時頃に護摩札を背負って帰ってきた。皆は嘘だろうと言ったが、早助は背中のお札を見せたという。
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ゴンダラ
2001年 青森県
ある漁村に孫助という若者がいた。ある日、大きなごんだらが網にかかると、孫助はこれにひきずられて海中へ引き込まれて行方不明となってしまったが、暫くして海を泳いで帰ってきた。すると、1年程経ったある日から、晩に女が訪ねて来るようになった。だが、そうなってからというもの、孫助は日に日にやつれていってしまう。和尚に相談してこの女に毒針を刺してみたところ、その正体は大きなごんだらであった。
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フジヅカ
1956年 宮城県
五柱の神が藤の筏に乗ってこの浜に上陸したといわれ、五柱神社がある。藤に根が生えて塚の上に茂り、下をくぐると疫病除けになるという。この藤の古木は左巻きで知られている。
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ハチメンダイオウ,オニ
1990年 長野県
有明山のふもとに住んでいた弥左衛門は薬草を採りに行って、そのまま八面大王という鬼にさらわれた。妻は1人で幼い息子の弥助を育て、弥助はやがて立派に成長した。ある年、弥助は大きな山鳥を助けてやった。それから3日、美しい娘と知り合った弥助は、その娘を嫁にした。春になると、また八面大王が暴れるようになり、坂上田村麻呂がそれを征伐しにきた。
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ツエ
1925年 岐阜県
郡上の嵩田村にある熊野神社に杖から成長した藤がある。御杖の藤と呼ばれている。
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ハチメンダイオウ,オニ,ヤマドリ
1990年 長野県
将軍の命令により、弥助も山鳥の尾を探した。褒美をもらって嫁に着物でも買うつもりだったが、見つからなかった。嫁は話を聞いて探しに出かけ、翌日山鳥の尾を持ってきた。嫁は山鳥であり、魂のこもった尾を弥助に差し出して消えた。弥助はそれで矢を作り、将軍に捧げ、それで八面大王は退治された。弥助の家には褒美の品々が運び込まれたが、弥助とその母親は呆然とするばかりだった。
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オトヒメサマ
1958年 岐阜県
昔、苧生茂の家に洗い渕の乙姫様が機織りの道具を借りに来たが、貸さなかった。渕に入る姿を見るなと言われていたのに見てしまったので、渕は小さくなり、その家の身上も悪くなった。洗い渕は竜宮に通じているという。
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フチノヌシ,オオウナギ
1957年 神奈川県
音坊という男が渕で大鰻を釣り上げたが、あまりに大きいので首を切って担ぎ出そうとしたが水の中に落ちて男は死んだ。ゆえにそこをオトボウ渕と名付けられた。
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