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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

オニスルスイシ
1956年 宮城県
甲冑堂の東二町、岩倉山の鬼が旅人を捕らえて臼でひいて食った。この臼が石と化した。

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ウス
1916年 山口県
空の臼をつくと、鬼が来る。
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オダイシサマ
1985年 愛媛県
年に一回、床の間に臼を置いておくと、夜、お大師さまが来て、臼の目切りをしてくれる。
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キツネ
1984年 大阪府
昔、八尾の太田から土臼ひきに手伝いに来てもらっていた。夜の2時頃、臼をひきおわって帰るとき、きれいな女の人が堤の所に出た。
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ハナサカジジイ
2000年 東京都
(犬の)お墓に1本の木が生えてどんどん大きくなった。この木を切って臼をつくり、餅をついたら臼の中からお金がざくざく出てきた。
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(ゾクシン)
1916年 山口県
から臼をつくと鬼がくる。茶碗をたたくと貧乏神がくる。
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テング
1967年 栃木県
宇都宮神社の臼ぬき様は天狗で、お産の神様。臼ぬき様に安産祈願して叶ったら、お礼に1臼の餅を1重ねにして奉納する。その餅は妊婦などに分けると良い。
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オニ
1940年 香川県
鬼が臼という大きな石があり、それで鬼が餅をついていたという。ある時取ってきた赤児をついて食おうとすると神様が現れ、その子供はここへ来る子ではないと谷底へつき落とした。
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シロイイヌ
2001年 青森県
どれほど経っても犬が帰ってこないから迎えに行ったところ、死んでしまったと告げられた。爺さんはその死骸を引き取っていって家の栃の木の下に埋めたが、やがて木が大きくなりすぎてしまったので、これを伐って臼を作った。すると、その臼でついた餅が、大判小判となった。それを見た隣の爺さんも儲けようと思って臼を借りたが、ついた餅は犬や牛の糞になってしまった。怒った隣の爺さんは、この臼を割って燃やしてしまった。
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ソウシキ
1939年 長野県
葬式から帰ってきたときには、家の入り口に臼と杵を出しておく。杵で臼の中を二三回搗いてから、家に入るという。
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チチオニ,ハハオニ,コオニ
1941年 大阪府
昔、父鬼と母鬼との間には、9人の鬼の子供がいた。その鬼の使った臼が、ある河原に残っている。
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キツネ
1984年 大阪府
土臼をひいていた頃、堤防によく狐が出た。一津屋から帰るとき狐に憑かれて池でジャコトリをしていたという。
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メモハナモクチモナイオトコノコ,コシカラシタガウマノムスコ
1939年 岩手県
六部が廻国の途中で泊まった家の息子は目も鼻も口もない。頭にひき臼でひいた粉をかけてやると子供の頭髪がもやもやと動いてそこから粉が入っていった。また別の立派な家では、腰から下が馬の子どもを見た。
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ヤマノカミサマ,タノカミサマ
1982年 新潟県
2月16日には「山の神様が田の神様に下がる」といい、この日には餅をついて16個の丸餅を神棚へ供えるが、その餅をつく前に空臼を3度たたく。10月16日は「田の神様が山に上って山の神様となる」といって、春と同様十六餅をつき、その後空になった臼を3度たたき十六餅を神棚に供える。ここでは「空臼の杵音について下がる」「空臼の杵音について上る」という。
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ウシオニ
1985年 和歌山県
北向きの滝には牛鬼が棲んでいるという。昔は牛鬼が泣くということをいった。牛鬼がやってきたので、赤ん坊を臼に伏せておいて逃げたことがあるという。
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キツネ
1993年 岩手県 
ばさまが大きな臼でヒエかアワを搗いていたら、きつねがじさまのふりをして「手伝ってやる」と来たので、「こぼれたのを拾ってくれ」といって、きつねがかがんだところに臼を倒してやっつけてしまった。
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(シシャ)
1973年 富山県
杵の音を聞くと死者が安心するので、人が死ぬと空臼をつく。
類似事例

(シシャ)
1973年 富山県
杵の音を聞くと死者が安心するので、人が死ぬと空臼をつく。
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(シシャ)
1973年 富山県
杵の音を聞くと死者が安心するので、人が死ぬと空臼をつく。
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オシラサマ
2002年 岩手県
馬を殺された娘が家を出るとき、父親に春の3月16日の夜明けに臼の中を見るようにと告げる。娘は馬と共に天へ飛び去り、娘の言うとおり臼を覗くと、中には馬の頭をした白い虫が湧いていた。
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モニワノヤケウス
1985年 福島県
あるときに、伊達政宗が戦にやぶれて逃亡中に茂庭家の何代目かに救いを求めた。そのとき茂庭家では大きな臼を作っていたのでその下に政宗を隠した。追っ手がやってきて火をつけると大きな臼もガワは焼けたがその中の政宗は助かった。この臼を茂庭の焼け臼という。助かった政宗から自分が築城したらこれをもって会いに来いと書きものを渡されたので行くと、命の親として客分に迎えられたという。
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ウス
1956年 宮城県
浜市の漁民、鹿野八十郎が熊野神社の御神体を拾い上げた時、臼に薦(こも)をかけて奉った。この臼に触れると、病気や災難に遭わず、産が軽いという。
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