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怪異・妖怪伝承データベース
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検索対象事例

イヌガミモチ,コウボウダイシ
1954年 高知県
高岡郡黒岩村の伝承では、憑物は弘法大師が印度から麦種を持ち帰るときに日本に入ってきたとされ、麦を作る家には必ずいて、祈り不足の家から出ると言われていた。また、原因不明の病人が出たり、絶え間なく病人が出たり、豆腐を作るときに大豆が煮えなかったり、籾ずりの最中に唐臼が廻らなくなったりすると、犬神に憑かれたと言う。

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チンジュサマ
1982年 新潟県
鎮守様が麦ガラで目をついて片目になったので、村では麦を作らない。
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ヒノタマ,(ゾクシン)
1989年 長野県
ヒノタマが病人の家から出ると、その病人は死ぬという。
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ダイバ,ユキアイ
1942年 高知県
高岡郡黒岩村で言うダイバは、ユキアイとも言い、仕事をしている馬が急に動かなくなったり後退りしたりして病気になることを言う。
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イヌガミ
1951年 徳島県
おしょうでんさんに、犬神に取り憑かれた祖母が加持をしてもらった。昔、麦3斗を貸していたことを話すので、背中に麦を背負わすと、犬神持ちの家のほうに走り去っていった。
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スワサマ
1982年 新潟県
諏訪様が麦ガラで目をついて、片目の神様だといい、村では麦を作らない。また、村の氏子は片目が細いという。
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チンジュサマ
1982年 新潟県
鎮守様が麦ガラにすべって転び、ゴマガラで目をついて片目になったので村では麦とゴマは作らない。
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イヌガミ
1965年 宮崎県
弘法大師が唐から麦を持ち帰ろうとして靴の中に麦を入れた。誰かがそれを盗もうとしたのを、犬が大師に吠えて知らせた。飼主はその犬を殺した。その犬が祟ったので、大師が高野山に祀ったのが犬神。ある人が高野山に行って重箱を買ったが、それは犬神だと教えられて船の上から海に捨てた。しかしそれでも犬神は憑き、その家に伝わってしまった。
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チンジュサマ
1982年 新潟県
鎮守様が麦ガラですべって転びゴマガラで目をついたために、村では麦とゴマは作らない。
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カタメノカミ
1941年 新潟県
白山神社の神が片目を怪我したので、麦とゴマは作らないという。
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ハカバダ
1985年 茨城県
元の墓地であったが改葬されて田になっていた。深く掘ると人骨が出ると言う。これを作ると、怪我や病人が絶えず、永く作る人もなく荒れていた。
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ヤカンコロバシ
1950年 新潟県
出る。
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アヅキトギ
1950年 新潟県
出る。
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(ゾクシン),カラス
1935年 島根県
病人のいる家の棟で烏が鳴いたら、その病人は死ぬという。
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カゼフケ
1942年 高知県
高岡郡下半山村では、山で急に病気になって高熱を出すことをカゼフケに逢ったという。同郡黒岩村ではカザフケに当たると言っている。
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(ヤシキガミ),(タタリ)
1989年 長野県
家の勝手の部屋に祀っていたところ、病人が出たり不幸があったりした。松本のお天狗様に見てもらうと、木が2・3本ある現在の位置に移せと言われたので、その通りにして祠を作ると、病人などの祟りが止んだという。
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ボン,ショウリョウ,ショウライ
1941年 青森県
ある農家の主婦が、盆に精霊に供える#麦ハット#(手打ちうどん)を作らずに麦把のままで精霊棚に供え、土産のキンカモチも作らずに仏を送った。仏は田名部(下北郡恐山)に帰る道すがら、他の仏に麦ハットもキンカモチも作ってくれなくて腹が立ったので、帰るときに子どもを火にくべてきたと語った。その家では、本当にその時刻に子どもが火傷をしたという。
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サクモツキンキ,ゴボウ,シ,(ゾクシン)
1916年 千葉県
牛蒡を作るとその家の者が必ず死ぬと言われている家がある。
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イヌガミ
1954年 高知県
高岡郡の東津野村での昭和17年の聞き書きでは、犬神は鼡(ねずみ)に似て小さく、尾に筋があると言われ、犬神統の家では犬神を集めて飼い、毎朝供物をするという。他人がこれを殺すと犬神統の家に異変があると言われる。憑かれたときは、狐の皮を吊すとよく、憑かれた物のうわごとが犬神統の人と同じ声色になるという。
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イハイバタケ
1985年 茨城県
位牌の形をした畑作った家で次々と病人が出来て恐ろしくなり荒れていた。寺の下男が野菜畑にして作るようになったと言う。
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ムカエニクルフネ
1990年 高知県
病人が死ぬときには、きれいな船が迎えに来る。来たらその病人は死ぬ。
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(コウボウダイシトフエルムギ)
1986年 大分県
弘法大師が足の甲から三粒の麦を取り出し,その量を増やして村人に与えたので,村人はそれで麦ご飯を握って接待した。
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