■トピックス  2019年

2019-02-12 日文研の話題

日文研共同研究会「身体イメージの想像と展開」(安井・マルソー代表)第4回「海外における身体研究の現状」を開催しました

 2月1~2日の2日間にわたり「海外における身体研究の現状」と題して、海外の研究者の皆さんをお招きし、国際日本文化研究センターの共同研究会「身体イメージの想像と展開――医療・美術・民間信仰の狭間で」(Imagining and Developing Images of the Body in Medicine, Art, and Folk Religion;代表・安井眞奈美 ローレンス・マルソー)を開催しました。身体に関する多様なトピックスを「日本」という場をもとに、自然科学者の方々の意見もまじえながら議論を行い、重要な課題を提示することができました。


2月1日
発表① エドワード・ドロットさん(上智大学)Edward Drott(Sophia University)
「時代と共に変貌する老体――江戸時代までの医学における「老い」や「老化」」
 
 ドロットさんは古代・中世日本における「老い」や「老化」の意味の変化を、東洋医学の古典、古代日本の医学、中世日本および中世後期の医学に分けてその特徴を丁寧に説明されました。「女性の老い」はどのように捉えられていたのか質問があり、ほとんどが男性の老いについての記述であったことなどが補足されました。古代日本では髪(白髪)、顔、歯など表面的な身体変化が「老い」と捉えられていたという発表内容に対し、禿げることの事例が紹介され、禿げと「老い」の関係にも話題が及びました。議論では女性の「老い」、「老い」のメルクマールとなる身体部位といった興味深い課題を共有することができました。
 
発表② エレン・ナカムラさん(オークランド大学)Ellen Nakamura(University of Auckland)
「入浴する身体と健康法――蘭方医の関寛斎の思想を中心に」
 
 ナカムラさんは幕末の蘭方医である関寛斎(せき・かんさい)に注目し、彼が提唱した海水浴法と健康法の分析を行いました。ナカムラさんは、関が健康法を編み出しながら最後は自殺するという矛盾に満ちた生涯に興味をもち、関の一生を詳しく紹介しました。関の『養生心得草』(明治8(1875)年)には、入浴は6、7日に1回程度、湯はあまり熱いものを使わないこと、また『いのちの洗濯』(明治34(1901)年)には海水浴法の効用などの記載があります。これらを受けて、当時の医学書の中で関の健康法の独創的な点は何であったのか、他の医学書との違い、当日の人々の入浴や海水浴の実態など時代背景への質問が出されました。医学書の記述とともに、養生、健康に対する当時の人々の意識を、時代を追って明かにする研究の重要性が確認されました。
 
発表③ ミケーラ・ケリーさん(ラファエット大学)Michaela Kelly (Lafayette College)
「国家の「身体」:第二次世界大戦の幼児かるたに描かれた日本臣民の身体の考察」
 
 ケリーさんは、アメリカ・ペンシルバニア州のラファエット大学図書館に保管されている太平洋戦争時に日本で出版された愛国百人一首とイロハかるたを紹介し、かるた札に描かれた「日本臣民」の身体に関する考察を発表しました。実際にかるたに描かれた絵を見せながら、ジェンダーや人種、階層、経済状況など興味深い点から個々の事例を分析しました。またケリーさんの質問に応えるかたちで、フロアからはかるたの他にもマンガやすごろくなどの媒体で戦争とプロパガンダが表現され、昭和18、19年頃にも愛国かるたが出版されていた状況などが明らかにされました。カルタはデジタルアーカイブ化もされており(Kelly, Michaela. 2017. Pacific War Karuta Collection. https://exhibits.lafayette.edu/karuta/)、日文研の各種データベースをもとに、データベースの運用や維持などの点からも意見交換がなされました。


2月2日 
発表⑤ シンディ・スターツスリザランさん(アリゾナ州立大学)Cindi SturtzSreetharan(Arizona State University)
「大きい体、小さい体、不潔な体―現代日本における身体理解」
 
 スターツスリザランさんは、日本でのフィールドワークを基に、日本人が自らの身体に対してどのようなイメージを抱いてきたか、近年のメタボリックシンドロームと日本の「フード・ジャングル」と称される飽食の現状を素材に発表を行いました。大阪でのフィールドワークによる会話分析は、夫の体型と食事について妻や娘に聞き取りをするという身近な素材であり、フロアからも多くの質問や意見が出されました。背景として日本では2006年にBody Mass Index(BMI体格指数)が再査定されて日本の肥満率が一気に跳ね上がり、また2016年のデータでは日本の男性の肥満率が上昇し、疾病のリスクが高い状況であることが説明されました。他にも、自らの身体に対するイメージはジェンダーや年齢によってどのように異なるのか、またインタビューでは質問者のジェンダーや国籍、年齢によっても答えが変わる可能性があるのでは、といったコメントも挙げられ、研究の方法論にも及んで議論ができました。
 
ミニ・レクチャー 高橋淑子さん(京都大学大学院理学研究科生物科学専攻動物学教室)
「両性具有について」
 
 高橋淑子さんには前回の発表「顔の成り立ち――口裂けおばけの謎を解く」(第2回共同研究会9月9日)に続き、今回もミニ・レクチャーをお願いしました。安井眞奈美の「妖怪とジェンダー 妖怪に性別はあるのか」(『怪KWAI』 vol.52, 2018)「両性具有の妖怪たち」(『怪KWAI』 vol.53, 2018)というエッセイに関して、両性具有とは何なのかを発生生物学の立場から解説するという内容です。正確には「雌雄同体(Hermaphrodite)」というこの現象は、これまで特別視され社会の中で差別的に扱われることもあったが、発生生物学の立場からすれば当たり前のことである、という明快な説明でした。男女の生殖器官は、わかりやすく言えば「全部を先に作っておいてから要らないものを後から消す」というプロセスで作られることが、図式を使って丁寧に解説されました。最後に、突然変異のしくみを理解しておくと身体の見方も変わってくる、という高橋さんからの重要なメッセージが示されました。
 
発表⑤ ロドルフォ・マッジオさん (オックスフォード大学)Rodolfo Maggio (University of Oxford)
「配偶子のジェンダー:配偶子形成の時代におけるテクノ化された身体イメージ」
 
 マッジオさんは生殖細胞(配偶子である卵と精子)が、男らしい精子、女らしい卵子というように、これまでジェンダー化されてイメージが創られてきたことを、画像やテレビの人気番組から紹介しました。続いて、現在、世界中のさまざまなチームの科学者によって開発さているIVG(生殖細胞を研究室内で産生するプロセス)が実現すれば、女性は自分自身で作り出す精子で妊娠でき、レズビアンのカップルも子供をもつことができることを指摘、その上で、これらの新たな状況が、われわれに、人間とは何かを改めて迫ってくるとの問題提起を行いました。
先の高橋淑子さんのミニ・レクチャーも受け、ディスカッションは大いに盛り上がりました。人間の性は5つの層によって形成されているという生物学者Anne Fausto-Sterling(ファウスト・スターリング, A.)の”How to build a man”(1997年) の論文もフロアから紹介され、5つの層について発生生物学、さらに医学の立場から図を用いて詳細な解説がなされました。IVGが今後、実行される方向に向かうとしたら、これら生殖医療技術の進展に対して人文社会科学はどのような立場を示すべきか、また誰がこのような技術を必要としているのか、など今後の課題や現状理解の必要性などが明確になりました。


 2日間にわたるディスカッションは日本語と英語で行われ、「日本」という共通のフィールドにおいて身体をめぐる活発な意見交換を行うことができました。この成果は、引き続き今後2年間の共同研究会に活かしていきたいと考えています。今回は、日文研に初めて来られた外国人研究者の方がほとんどで、新たな研究ネットワークの形成にもつなげることができました。研究成果は、共同研究会終了後、論文などの形で発表していきたいと思います。

(文・安井眞奈美 研究部 教授)
2日目のディスカッションの様子
高橋淑子さんの解説
2日目を終えて記念撮影