■トピックス  2018年

2018-10-01 日文研の話題

[Evening Seminarリポート]中世日本の妊娠・出産を司った宗教パワー(2018年9月6日)

 9月6日、アンナ・アンドレーワ外国人来訪研究員(ハイデルベルグ大学 ハイデルベルグ超文化史研究センター 研究員)を講師に迎え、英語によるイブニングセミナーが開催されました。
 
 “Buddhist Expertise on Embryology, Childbirth, and Women’s Health in Medieval Japan”(妊娠・出産および女性の健康に関する中世日本の仏教指導)と題した発表では、中世期に密教僧が、妊娠や出産といった女性の身体問題や健康管理に深く関与していたという、最新の研究成果が紹介されました。

 仏教の教典ではしばしば、女性の肉体にはある種の欠陥があり、生来、悟りの境地に達することができない存在として語られているといいます。男性の僧侶は、出家修行者が遵守すべき「律」に則り、世俗の女性や尼僧の扱いには慎重を期していたとか。そんな中、中世日本において僧侶や学者が、貴族階級の女性の健康管理を主旨とする半宗教的で原始科学的な書物を量産していたという事実は驚きでした。仏教の庇護者であった貴族を支援する目的により、世継ぎを産むための生理的、宿命的能力について焦点が当てられたそうです。

 当日紹介された数々の文献の中でも特に注意をひいたのは、天台宗の僧・安然(841-889?)が著わしたとされる「求子妊胎産生秘密法集」でした。受胎・妊娠・出産に関する文字通りの秘法集で、この種のテーマによる仏教書としては最古のものと推定されています。医学的指導も含まれてはいるものの、例えば、男児と女児の産み分け法をほぼ呪術の力に頼って伝授するなど、限られた科学知識と信仰が一体となった、中世期ならではのテキストと言えるでしょう。アンドレーワ研究員は、妊娠・出産等に関する仏教理論の形成が、平安・鎌倉期の貴族が政治的権力を取り戻す過程で一つの重要な役割を担っていたと指摘しました。
 
 
(文・白石恵理 総合情報発信室 助教)