■研究活動 共同研究 2013年度

昭和40年代日本のポピュラー音楽の社会・文化史的分析-ザ・タイガースの研究

領域 第三研究域 文化比較

 本共同研究会は、1960年代後半から1970年代初頭に活動したポピュラー音楽グループ、ザ・タイガース(沢田研二、岸部修三、森本太郎、加橋かつみ、瞳みのる、岸部シロー)の活動の歴史を研究することを通して、1960年代後半の日本の大衆社会の動態を解明しようとするものである。ザ・タイガースは1960年代後半のポピュラー音楽ブーム、「グループサウンズ(GS)」を牽引したグループであり、その人気の背景を探ることを通して、当時の大衆がベンチャーズやビートルズの影響を受けたエレキ・サウンドになぜ魅了されたのか、またテレビの普及に代表されるような大衆消費社会という経済的伸長や、1968年の学生運動から1970年の安保闘争へと展開していく政治運動との関係において、戦後社会にどのような意味を有するものであったのかを考えてみたい。
 すでに1960年代に、歴史家の色川大吉や安丸良夫によって「民衆史」というジャンルが歴史学の主軸として整えられ、基本的には日本の農村社会の歴史を通して近代の民衆の心性と政治的活動の歴史を掘り起こす作業が今日にいたるまで続けられてきた。皮肉なことに、1960年代は日本の農村社会が決定的に解体されていく時期であり、その時期に農村社会の歴史叙述を本格的に開始することは、当時においては消え去りゆく日本の民衆の姿を記憶にとどめるために重要な寄与をなすものであった。その後、1970年代においてはやはり歴史家の網野善彦によって社会史の研究が展開され、農民のみならず、職人や山間民の歴史が、日本の歴史を稲作農業によって覆い尽くそうとする従来の歴史に対する批判として、明らかにされていった。しかし、2000年代を超えた現在、グローバル資本主義の影響下にあるトランスナショナルな民衆や大衆の歴史を記述しようとするならば、人々の共感をひろく呼ぶ歴史とは、農民の歴史でも山間民の歴史でもあるまい。もっと、現代の資本主義社会を生きる人々にとって身近に感じられ、ルーツに触れるような歴史が必要になっていると思われる。それが、1960年代のビートルズに代表されるロック音楽の出現である。それはイギリスやアメリカといった西洋世界の枠を超えて、日本を含む非西洋世界のティーンエイジャーに大きな影響を与えた。エレキ音楽は、単なる音楽を聴くといった行為にとどまらず、すでにイギリスのカルチュラル・スタディーズが先鞭をつけていたように、社会への抵抗、自己の解放、西洋文化への憧憬といったものを喚起し、当時の若者たちの生き方や考え方を大きく変えていった。そのビートルズの音楽に刺激を受けて登場したのが、日本の場合「グループサウンズ(GS)」であり、最も代表的なグループのひとつがザ・タイガースである。
 このようなポピュラー音楽を研究対象に選ぶことで、学問の対象が単なる抽象的な概念だけでなく、そこにジル・ドゥルーズのいうような情動の問題を研究の俎上に載せることができるであろう。しかもザ・タイガースは大手の芸能プロダクションである渡辺プロによってマネイジメントされたことで、日本国内ではほかに例を見ない大成功を得るとともに、ミュージシャンとしての音楽活動とタレントとしての芸能活動の間でそのメンバーたちは葛藤し、その人間関係のなかに亀裂が入っていくことになる。そして、最終的にはメンバーの脱退、ついには解散に至ることになる。そこには、音楽の問題を単に音楽の質の問題には還元することのできない、資本主義の論理のなかでどのようにポピュラリティーを獲得するかという、まさに社会・文化的な研究対象にふさわしい主題が存在していたのである。また渡辺プロは、占領期の進駐軍を顧客としたジャズ音楽のマネイジメントからその仕事をはじめ、占領軍が東京から撤退した後には、新たに国内の日本人の若者をその聴衆とするようになった。その意味で、渡辺プロによるザ・タイガースのマネイジメント戦略は1960年代にとどまらず、戦後史の変遷のなかでの日本の大衆文化の軌跡を跡づける存在であった。それを情動(大衆とミュージシャン)、および資本主義の論理と音楽の問題(ミュージシャン同士およびプロダクションとの関係)の視点から論じていくことは、新たな戦後日本の民衆史研究の突破口を開くものとなろう。
(以下の研究組織は2013年10月18日現在のものです)

研究代表者 磯前順一 国際日本文化研究センター・准教授
幹事 井上章一 国際日本文化研究センター・教授
共同研究員 浅尾雅俊 音楽家
飯田健一郎 同志社大学大学院神学研究科・博士後期課程
小野善太郎 えとせとらレコード・店主
金谷幹夫 (株)ホーム社・常務取締役
黒崎浩行 國學院大学神道文化学部・准教授
中村俊夫 トシ・コミュニケーションズ・プロデューサー
永岡 崇 南山大学南山宗教文化研究所・研究員
藤本憲正 同志社大学大学院神学研究科・博士後期課程
松本 清 音楽評論家
水内勇太 同志社大学大学院文学研究科・博士後期課程
倉本一宏 国際日本文化研究センター・教授
細川周平 国際日本文化研究センター・教授