■研究活動 共同研究 2009年度

民謡研究の新しい方向

領域 第五研究域 文化情報

昨今の民謡研究の対象はかつての詞章の収集や旋律型の分類から、概念や言説、正統性イデオロギーや保存団体の成り立ち、テクノロジーや学問の介入、産業化や政治へと移ってきている。そして民俗学、民族(民俗)音楽学だけでなく、文化史、文学史、社会学、文化政治学など諸学問が民謡に関するさまざまな局面を解明している。このような趨勢のなかで、本共同研究班は各領域の専門家を一堂に会し、民謡研究の現状を確かめ合い、今後の有益な対話を引き出すこそを目的として立てられる。従来、民謡に関しては日本についての研究とそれ以外の研究とが向かい合わぬまま進められてきたが、この班では両者をつなぐ線や面を発見し、世界の音楽文化のなかで日本の民謡を考え、日本の音楽文化に入ってきた世界の民謡について考えたい。田舎の歌、民謡が、録音や楽譜や映像の形態をとって、元々の環境からはるかに隔たった地域や社会に移され、そこで別の演奏者、より大きな聴衆を獲得し、さらに別の旅をする。この文化移動が含む意味は何か。 民謡の発見と応用はちょうど長短音階や西洋楽器やその編成の世界標準化と同じく、19世紀西ヨーロッパが提起した音楽文化の普遍モデルの一角を占めていて、荒っぽくいって民謡を発掘したり評価したり、作詞作曲に応用したり、都市生活にしかるべき場所を設けることは、ほとんどどこでも国づくり、町づくりに欠かせぬステップだった。このような今では常識となった俯瞰図を再検討するとともに、民謡概念を輸入・洗練したり、自ら演奏したり、楽譜に起こしたり録音したり、分析したり宣伝した個人や団体を調べながら、今述べたあらすじに反する事例、近代化以前の土着の音楽や思想との衝突、民謡と認可されなかった民の歌などについてメンバーが持ち寄り、民謡の概念と実践の多様性、分裂についても議論したい。 「民謡」の概念が、知識人のロマンティックな「民衆」Volkの概念から派生したことは良く知られている。19世紀半ば、産業革命の進行とともに、田舎と都会の文化的な対比が問題となり、純朴な農民に国民の原形を見いだす思想が流布して以来、民謡は「元」の姿で、また編曲された姿で、都会の聴衆を魅了してきた。田園趣味と異国趣味とほとんど同じ次元で捉えられ、音階、節回し、発声、楽器など特定の音楽的な特徴が「田舎」を意味するような約束事は、多くの文化で見られる。世界各国で、民謡をインスピレーションにした都会の音楽、いわゆるポピュラー音楽が作られてきた。録音で知った遠い地の歌を新しい音楽語法やテクノロジーによって、再解釈することは、しじゅう行われている。この共同研究会では、録音(最近では録画)テクノロジー、都会文化や高尚な知識界との媒介者、作曲とのつながり、都会や他文化への移動、産業化をいろいろな事例から述べ、共通性と違いを対比させたい。特に媒介者(エイジェント)たる自覚を持った人物の役割、情熱、知識形成なしには、たとえば都会の文化エリートの集まりであるこの共同研究会が成り立つこともなかっただろう。彼らは民俗学、民族音楽学と、レコード産業や興行界を結びながら、音楽家と聴衆の双方に広範囲の影響を与えた。ある歌やジャンルを地理的、人種的、階級的、音楽的にはるかに離れた場所へつないでいく仕事の意義について探り、民謡研究の過去を再確認したい。

共同研究員 石橋 純 東京大学大学院総合文化研究科・准教授
伊東信宏 大阪大学大学院文学研究科・准教授
井上貴子 大東文化大学国際関係学部・教授
大和田 俊之 慶應義塾大学法学部・准教授
岡田暁生 京都大学人文科学研究所・准教授
柿沼敏江 京都市立芸術大学音楽学部・教授
倉田量介 東京大学教養学部・非常勤講師
阪井葉子 大阪学院大学・非常勤講師
島添 貴美子 富山大学芸術文化学部・講師
高橋美樹 高知大学教育研究部人文社会科学系・准教授
滝口幸子 お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科・博士後期課程
竹内有一 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター・准教授
武田俊輔 滋賀県立大学人間文化学部・講師
長尾洋子 和光大学表現学部・講師
中原 ゆかり 愛媛大学法文学部・教授
藤田隆則 京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター・准教授
松村 洋 共立女子大学文芸学部・非常勤講師
三井 徹 金沢大学名誉教授
森 博史 第一三共株式会社・課長
横井雅子 国立音楽大学音楽学部・准教授
輪島裕介 国立音楽大学・明治大学・非常勤講師
早稲田 みな子 東京芸術大学音楽学部・非常勤講師
片山杜秀 慶應義塾大学法学部・准教授
研究代表者 細川周平 国際日本文化研究センター・教授
幹事 鈴木貞美 国際日本文化研究センター・教授