■研究活動 共同研究 1994年度
歴史のなかの病いと医学―日本を中心に―
日本の医学は中国医学の受容にはじまりましたが、漢方にしてもまたそれから分離した鍼灸にしても、中国医学とは大きく異なる理論と治療の体系を作りあげました。また診断法にしても、脈診を棄てて腹診という特異な方法を編みだしました。医学のこうした独自の展開は、日本社会における病いの文化的位置づけと深く関わっているに違いありません。病いは時代と社会の文化的所産であり、疾病観、身体観、自然観、宗教観、社会観などによってその在りかたが規定されます。病いとの相関のなかで、日本の医学の展開を追跡したいというのが、この共同研究のねらいです。 中国、韓国、さらにはインドからヨーロッパにいたる諸地域との比較、交流の視点がこの研究に不可欠であるのはいうまでもありません。
代表者 | 山田 慶兒 | 国際日本文化研究センター |
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幹事 | 栗山 茂久 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 笠谷和比古 | 国際日本文化研究センター |
班員 | 石田 秀実 | 九州大学経済学部 |
〃 | 磯野 直秀 | 慶應義塾大学経済学部 |
〃 | 小林 清市 | 山口大学教育学部 |
〃 | 桜井 謙介 | 塩野義製薬研究所 |
〃 | 白杉 悦雄 | 京都医療技術短期大学 |
〃 | 新村 拓 | 京都府立医科大学 |
〃 | 宗田 一 | 日本医史学会 |
〃 | 田代 和生 | 慶應義塾大学文学部 |
〃 | 武田 時昌 | 信州大学教育学部 |
〃 | 津谷喜一郎 | 日本医科歯科大学難治疾患研究所 |
〃 | 中野 益男 | 帯広畜産大学畜産学部 |
〃 | 真柳 誠 | 北里研究所附属東洋医学総合研究所 |
〃 | 三木 亘 | 静岡精華短期大学 |
〃 | 吉田 忠 | 東北大学文学部附属日本文化研究施設 |
〃 | マセ美枝子 | 京都府立医科大学 |
〃 | レギナ・ヒュブナー | 立命館大学法学部 |
〃 | 伊東俊太郎 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 杉本秀太郎 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 芳賀 徹 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 山折 哲雄 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 白幡洋三郎 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 森岡 正博 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 酒井 シヅ | 国際日本文化研究センター |
〃 | 松田 清 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 正木 晃 | 国際日本文化研究センター |
〃 | 梁 山荣(1字) | 国際日本文化研究センター |