国際日本文化研究センター トップページ
怪異・妖怪伝承データベース
データベース検索ページ 更新情報 お知らせ 怪異・妖怪とは データベース検索 異界の杜 製作者
データベース検索ページ

検索対象事例

サンネコサマ
1974年 岡山県
総社市秦に残っていた虫送りの行事では、藁で人形を作り、稲の害虫に見たててサンネコ様と呼び、かねや太鼓ではやしながら高梁川に流した。これは全国的に見れば「サネモリサン」と呼ばれる稲の害虫で、泥田に落ちて捕えられた斎藤別当実盛の怨霊と言われるものである。

類似事例(機械学習検索)

ベットウ,イナムシ
1923年
斎藤別当実盛が越前篠原で手塚光盛にうたれるとき、馬の足が稲の切り株にかかって躓いたために無残な最期をとげることになったことから、実盛は稲の害虫になったと伝えられている。
類似事例

サネモリサン
1974年 和歌山県
逃げ込んできたサネモリサンという武士が稲につまずいて倒れ、殺された。それでサネモリサンは稲を恨み、虫になって稲につくという。そのサネモリサンを弔うのが、虫送りである。
類似事例

サイトウサネモリ,サバエ
1935年 山口県
山口県美祢地方では害虫駆除の風習が行われている。藁の人形を作ってそれを斎藤実盛と称して神事の後に村中を歩き回り、それを次の村に渡し、次の村も同様にするというものである。これは昔平家の臣、斎藤実盛が北国の戦に敗れて傷つき倒れ、家臣たちは近くの豆畑に隠れたが、遂に身を全うすることが出来なかったのを憤り「サバエ」という害虫となって各農作物を害するようになったという伝説による。
類似事例

(ゾクシン)
1979年 徳島県
宍喰町の俗信。斎藤別当実盛が稲に足をとられて転んで殺されたとか言い、実盛が虫になって稲に害を及ぼすようになったので、旧5月20日にサデモリ(虫送り)をする。雨の日に生まれた子供は、結婚式や葬式にも雨になるという。山で立ち枯れている木は、山の神が小便をかけて枯らせた木だから、切ってはいけないといわれている、など。
類似事例

ムシ
1981年 和歌山県
斉藤実盛が戦いのとき、稲の株に足をとられて殺されたのを恨んで稲を食う虫になった。それで虫送りには子どもたちが「サンヤーレ、サンヤーレ、実盛のお弔い」と言って歩く。
類似事例

ムシ
1981年 和歌山県
平実盛が戦いのとき、稲の株に足をとられて殺されたのを恨んで稲を食う虫になった。それで虫送りには子どもたちが「サンヤレ、サンヤレ、実盛さんのおん弔い」と言って歩く。
類似事例

イナムシ,サイトウサネモリ
1978年 広島県
土用五郎の日は斎藤実盛が死んで稲虫になった日である。この日、農民は稲田に入ることが出来ない。
類似事例

ムシオクリ
1964年 福島県
稲につく害虫を神の手で防ぎ、守ってもらう意味で、6月には虫送りをする。村の子どもたちが旗をふり、鉦をたたいて田畑の面をなで、「稲の虫も送んぞ、たばこの虫も送んぞ」と叫んでそれを村境に送る。会津盆地の西部山間部の大沼郡三島町・金山町・昭和村地方などには、実際に害虫をとって袋につめて送り出す地方もある。
類似事例

サネモリヅカ
1958年 香川県
サネモリヅカというものがいくつかある。斉藤実盛が稲株につまづいて倒れたために討たれ、その怨霊が虫になって害をなした。これを送り出す(鎮める)ためのものであると言う。
類似事例

アラクマノオオカミ,オツゲ
2002年 愛知県
農家の者がある日荒熊大神を参拝し、今年は稲の苗をたくさん作るように告げられた。田植えが終わり稲の苗がたくさん残ったが、その後雨が降り続き田の稲は流されてしまった。このとき残っていた苗を使って再び植えることができた。
類似事例

ノロイクギ
1982年 群馬県
総社神社の境内のケヤキに藁人形が2体打ち込まれていた。
類似事例

イネガアカクナッテシマウタ,カミナリ
1969年 福島県
稲を作ると毎年その稲が赤くなってしまう田があった。昔雷が落ちたところだといい、馬は入れなかった。今では住宅団地のなかに入っている。
類似事例

ヤブガミ
1983年 岡山県
総社市秦では、ヤブ神は、洪水のための溺死者を供養するために祀り始めたのだという。
類似事例

ムシマツリ
1965年 岩手県
田植えがすむと、害虫駆除のために虫祭りを行った。
類似事例

ガイチュウ,タタリ
1991年 静岡県
遠州大念仏は、三方原の戦いで死んだ者の怨霊が害虫と化して災いをしたのを鎮めるために行なわれるようになった。
類似事例

ヤシキガミ,サンオウサマ,シロイヘビ
1983年 岡山県
総社市秦の庄屋の家では、屋敷神として山王様を祀っていた。これは、昔、白い蛇を殺してしまったところ、当家の老婆の目が見えなくなってしまったために祀り始めたのだという。
類似事例

ムシオクリ
1956年 宮城県
旧六月二十日の虫送りの時、米を紙に包んだものを笹に吊り下げる。これを子供らが「虫送り、虫送り」と唱えながら川に流す。その帰り道に後ろを振り向くと虫が戻ってくるという。また、午後に虫送りをするとやはり虫が戻ってくるので、午前中に川に流すという。
類似事例

ムシオクリ
1956年 宮城県
旧六月二十日、虫送りという行事を行う。搗いた餅や虫の名を書いた紙を笹竹に下げて、錠口に立てる。笹につける餅は搗いている時に返したりせずにとらなければならない。そうしないと害虫が戻ってくるという。
類似事例

(タタリ)
1958年 岐阜県
害虫の発生は大原騒動で打ち首になった人たちの祟りかもしれないということになり、法事をした。
類似事例

(ゾクシン)
1984年 新潟県
田の草取り前後に鉦・太鼓で田を回る虫送りの行事を行う日は、田の神が田へ入る日なので田仕事をしてはいけないという禁忌がある。また、田に入ると稲で目をつくともいう。
類似事例

〔イネホメ〕
1974年 愛媛県
8月7日に稲をほめる。しかし、この日に田に入ることを禁じている。もしも田に入り、稲の葉先で目を突くと、失明するといわれている。
類似事例

国際日本文化研究センター データベースの案内