図書新聞 連載一覧

【思想の前線】
1 2237号 1995年3月11日 10年目のフーコー
フーコーを読むことのアポリア
2 2239号 1995年3月25日 理論と現実の狭間
美術/史をめぐる三つの言説
3 2245号 1995年5月6日 『描写の芸術』における翻訳記述について
規範への不忠実さに忠実であること
4 2250号 1995年6月17日 『芸術の規則』と規則破りの自由と
芸術信仰が自律した社会システムとして離陸する状況
5 2257号 1995年8月5日 企業家レンブラント?――天才神話の脱構築
才媛アルパースの偶像破壊
6 2261号 1995年9月9日 イメージとその解釈
ノーマン・ブライソンの最近の仕事から
7 2267号 1995年10月28日 芸術の空しさとは
制度と栄光の弁証法
8 2270号 1995年11月18日 江戸の花鳥画はむなしいか
博物学と文藝の幸福なる出会い
9 2271号 1995年11月25日 透視画法の遠近
東西文化交渉史のなかの象徴的形式研究のために
10 2276号 1996年1月1日 世紀末のウィーンの日本
溶解する神経の芸術とその思想的可能性
11 2281号 1996年2月10日 建築としての思想史
設計図と実測図との淡いに宿る〈歴史〉
12 2286号 1996年3月16日 普遍の政治学
複数性をまえにした両立性と反立性の倫理学に向けて
13 2292号 1996年5月4日 壁を通る血
スティーヴン・グリーンブラットと説話分析の裂け目
14 2297号 1996年6月15日 普遍の政治学
15 2299号 1996年6月29日 ナウシカの慰め
長編コミックに宿る思想の前線
16 2302号 1996年7月20日 介入の倫理学
人道的支援と内政干渉の対立をいかに克服するか
17 2306号 1996年8月17日 友人たちの村は戦場となった
立ち会うということの倫理
18 2315号 1996年10月26日 視覚野のクロスカッティングとアカデミズムの爆縮
頭脳は情報の「つつ抜け」に耐え得るか
19 2318号 1996年11月16日 アジアの近代芸術
芸術における「中華思想」の歴史的省察にむけて
20 2324号 1997年1月1日 墓場暴きの倫理
タイタニック号――その沈没後の運命
21 2328号 1997年2月1日 記念碑のクロノポリティックス
記憶の忘却と忘却の記憶
22 2331号 1997年2月22日 ある海軍司令官の遺言
歴史教育論争から距離をおいて
23 2334号 1997年3月15日 揺らぐエドゥアール・マネ像
モダニズムの起源再考
24 2340号 1997年 新学期の大学模様
教育改革とは何だったのか
25 2345号 1997年6月14日 海を渡った明治の美術
シカゴ・コロンブス博覧会再訪
26 2348号 1997年7月5日 ある朝鮮女性舞踊家の運命
崔承喜「復権」の余白に
27 2353号 1997年8月9日 女子割礼/性器切除/手術問題余話
文化間倫理の隘路と話者の政治学
28 2359号 1997年9月27日 東アジア文化交流史の可能性
我々の「国文学」の常識からすっぽりと抜け落ちた交流の実相
29 2363号 1997年10月25日 原理主義――その自己破壊プログラム
排他主義の倒錯的国際インターナショナルへの現状分析のために
30 2368号 1997年12月6日 V・S・ナイポールの苛立ち
文化をまたぐ「書き手」の不機嫌について
31 2371号 1997年12月27日 異文化へのまなざし
まなざしに注がれたまなざしをめぐる文化展示の哀歓
【思想の隅景】 トップへ戻る
32 2374号 1998年1月24日 雅びとしての日本文化論
近代天皇制批判に内在する癒着と陥穽
33 2378号 1998年2月21日 社会科学としての近代日
日本文明
論研究の基軸設定をめぐりアポリアについて
34 2381号 1998年3月14日 官製「日本帝国美術史」の誕生
正史編纂の舞台裏に隠された歴史観の葛藤
35 2385号 1998年4月11日 歴史史料としての丸山眞男
戦後政治学パラダイムの呪縛を解くために
36 2390号 1998年5月23日 第三回国際北斎会議in小布施
外から見た北斎像と内なる画狂人像との相克
37 2393号 1998年6月13日 文藝より遠く離れて
映画的身体論への素朴なコメント
38 2398号 1998年7月18日 消えた大仏の消された物語り
目黒弁天蟠龍寺金阿弥陀仏流出始末
39 2402号 1998年8月15日 日本近代美術研究における一九一三年
岡倉天心没後の「父親殺し」
40 2405号 1998年9月12日 大学生の夏休み
異文化体験への誘いとその処方
41 2409号 1998年10月10日 自動詞美学は主要OSへの代替的抵抗となりうるか
ニューヨーク通信1・象牙の塔の言語覇権とその外部
42 2411号 1998年10月24日 近代日本文学と西欧
ニューヨーク通信2・制度としての西洋への任務派遣と要請された演技としての日本回帰
43 2417号 1998年12月12日 米国日本文学談義
ニューヨーク通信3・総覧絶景「日本文学における恋愛と性」
44 2422号 1999年1月23日 オールド・ファッション 欧米展覧会事情
ニューヨーク通信4・企画特別展の余白に至福あり
45 2426号 1999年2月20日 建国神話の産土
内務省歴史博物館記念公園を訪問するお上りさんの感想
46 2430号 1999年3月20日 インドから見た岡倉天心
明治ナショナリズムの国際的環境と「母」なる形象
47 2439号 1999年5月29日 「治癒の書」としての『AV女優』
永沢光雄のベスト・セラーとジュディス・ハーマンの『心的外傷と回復』の相互照射
48 2444号 1999年7月3日 居場所と疎外についての、モントリオールでの妄想
藤本由香里『私の居場所はどこにあるの』の余白に
49 2449号 1999年8月7日 考古学的知の考古学にむけて
ボストン全米アジア学会参加余禄
50 2453号 1999年9月11日 勝負の一瞬と持続への欲望と
第48回ヴェネチア・ビエンナーレ見物雑感
51 2458号 1999年10月23日 『日本人はなぜ英語ができないか』
日本ナショナリズムの陥穽に抗して
52 2462号 1999年11月20日 太平洋の島々における多文化主義の可能性
フランス領ポリネシアの学会から
53 2469号 2000年1月15日 マーラー『大地の子』を巡る東西の出会い
音楽のオリエンタリズム検証のために
54 2473号 2000年2月12日 文化摩擦の功罪
交流四百年記念日蘭交流史研究ワークショップから
55 2475号 2000年2月26日 文化の越境
至福千年を目前にして、倫理の零度たる不可蝕の傷口に指を触れること
56 2480号 2000年4月1日 「江戸時代は江戸時代」か?
ルール破りの自由と、それを保証する土俵との関係について――美術史ジェンダー論争の余波へのささやかな摘要
57 2484号 2000年4月29日 桜の下の幻想
梶井基次郎全集の余白に
58 2486号 2000年5月20日 『モモ』の行方
管理された時間の軛から日本社会を救う道はあるか
59 2498号 2000年8月19日 ニジェール河で考えたこと
第三世界で観光客を演じる経験について
60 2503号 2000年9月30日 流血「和解」の記念碑、そして「八紘一宇」の平和的再利用
ファシズム期祈念建造物を支える文脈変更のレトリック
61 2514号 2000年12月16日 ああ大和にしあらましかば
「故郷」の発明:翻訳詩の技巧が奏でる、近代国民国家の望郷意識
62 2522号 2001年2月17日 秋の風更け行くままに長月の。有明寒き朝風に
謡曲「松虫」にみる哀惜の転移と中世酒場のメンタル・ケア
63 2525号 2001年3月10日 「日本」に閉塞した国民国家論市場を越えるために
「東洋美術」における西方志向 Occidental Orientation の国際比較にむけて
64 2535号 2001年6月2日 「東方の脅威」と「東方の知恵」とのあいだ
両大戦間の東西優秀論
65 2555号 2001年10月27日 芸術における二十世紀モダニズム・パラダイム成立とその商業的背景
マーケッティング・モダニズム
66 2574号 2002年3月16日 『遙かなるノートルダム』と「群を嫌うオットセイ」とのあいだ、あるいは認識の相互侵食
日本はフランスに何を求め、フランスは日本に何を見いだしてきたのか。「フランスの誘惑・日本の誘惑:交差するまなざし」
67 2579号 2002年4月27日 中日近代史の見直しにむけて
旧満鉄図書館史料瞥見
68 2585号 2002年6月15日 韃靼海峡春景色
詩的想像力とその植民地的背景再考
69 2589号 2002年7月13日 世界のなかの『源氏物語』
中古国文学研究の世界の外に広がる壮大な古典の宇宙
70 2603号 2002年10月26日 「侵略と貧困」から、「開発と収奪」さらに「規律と再生産」へ 「植民地近代」という問題をめぐって
国際シンポジウム「日本統治下の朝鮮:研究の現状と課題」(2002年9月14-16日)から
71 2616号 2003年2月1日 スペインにおける日本語教育の拡充と日本研究の基礎固めのために
サラマンカ大学日・西文化センターと新学科創設をめぐって
72 2632号 2003年6月7日 茶わん蒸し文化論
ポストコロニアル理論における素材と繋ぎそして味つけ
73 2639号 2003年7月26日 幕末水滸伝異聞
利根川水系の無法者的想像力復権のために
74 2647号 2003年9月27日 修養の季節
漱石とその時代・異聞
75 2664号 2004年2月7日 銀河鉄道はどこからきたのか
宮澤賢治とファン・ゴッホを繋ぐ糸
76 2670号 2004年3月20日 日本女子大学から近代中国における女性解放へ
成瀬仁蔵(1858−1919)と何香凝(He Xiangning 1878−1972)(上)
77 2671号 2004年3月27日 徳は弧ならず、必ず隣あり
成瀬仁蔵(1858−1919)と何香凝(He Xiangning 1878−1972)(下)
78 2677号 2004年5月8日 みやびをと我は聞けるを――
Fengliu/Poongryu/Furyu:東アジアの美的概念検討にむけた《風流》の比較文化史の試み(上)
79 2678号 2004年5月22日 同(下)
80 2681号 2004年6月12日 季差の視角
地球縦断の文明学提唱への前哨
81 2688号 2004年7月31日 徳川日本の地域の活力と海外への眼差し――
「江戸のモノづくり」国際シンポジウムより(上)
82 2689号 2004年8月7日 同(下)
83 2693号 2004年9月11日 朝鮮通信使余話
第12回日韓美学研究会(2004年8月6−11日)
84 2698号 2004年10月23日 朝鮮語学会事件再考
「日帝」支配下の民族意識と国語問題(上)
85 2699号 2004年10月30日 同(下)
86 2708号 2005年1月1日 日本礼賛の親日家から世界文学の漂泊者へ
ラフカディオ・ハーンの没後百年――最近の著作や論文を部分的に概観する(上)
87 2709号 2005年1月15日 同(下)
88 2718号 2005年3月19日 「燕京・北平・北京:阿部友二の描いた「東洋の故郷」」
89 2721号 2005年4月9日 忘れられたフランス最初の日本文献書誌学者
エマニュエル・トロンクワ(一八五五−一九一八)について
90 2728号 2005年6月4日 大川周明『回教概論』の周辺
大東亜共栄圏におけるイスラームの位置づけをめぐって(上)
91 2729号 2005年6月11日 同(下)
92 2734号 2005年7月16日 『工藝』はどこまで「工藝」的か?
柳宗悦の出版装丁事業に潜む西欧近代の符丁
93 2740号 2005年9月3日 「絶対矛盾的自己同一」と「一切即一」との矛盾を相対性理論に読む
ゲーデル・アインシュタイン・西田幾多郎
94 2751号 2005年11月26日 日本洋画の隠れたる功労者
黒田重太郎を再評価する
95 2759号 2006年1月28日 アルザスの日本研究
最近の研究集会「日本と欧州との出会い」から
96 2763号 2006年2月25日 「めらんこりあ」と「ヨーカイ」
憂愁の病理とお化け屋敷の怪異に跨る想像界の動物誌
97 2769号 2006年4月8日 「的確な誤読」と「想定外の誤読」とのあいだ
テレビ広告の社会史にむけて
98 2773号 2006年5月6日 文化遺産としてのCMの保存を公開を考える
韓国での取り組みとの対比から
99 2082号 2006年12月16日 妖怪の変容
江戸から明治の心性はいかに表象されたか
100 2806号 2007年1月20日 東洋的オリエンタリズム:脱植民地主義からみた「民藝」批判
西洋近代の構築としての理念的「東洋」とその極東的展開
101 2811号 2007年2月21日 潜龍の入魂儀礼 室生山上公園芸術の森 開会式
ダニ/ヤエル・カラヴァン父娘の日本行脚から
102 2814号 2007年3月17日 Dawn/Aufleuchten/Éveil naissant 意識の覚醒について
『死の光景』の背後に溶暗するロラン・バルト目覚めの映像
103 2821号 2007年5月19日 「奇人」としての境界的知識人:知への渇望は、知識人の免罪符となるか
発刊後30年を前にして『オリエンタリズム』論争を再訪する
104 2830号 2007年7月21日 普遍言語の希望に夢を託した、ある日系ブラジル人の思索
香山六郎 トゥピ=日本語共通語源説幻想の人類史的な価値
105 2840号 2007年10月6日 移民へのまなざし
サンパウロの藤村揮毫萬葉歌碑を訪ねて
106 2850号 2007年12月15日 不動から風土へ:インドからみた岡倉覚三
ルストム・バルーチャの近著に触れて
107 2866号 2008年4月19日 翻訳の魂魄 
石川淳『荒波』英訳のための備忘録的メモランダ
108 2871号 2008年5月31日 デジタルとディジタスとの落差について
digital化による指digitus の感覚鈍磨の促進という矛盾に関する覚え書
109 2875号 2008年6月28日 「武道教育の将来のために:競技スポーツからの脱却に教育的価値を探る」
110 2879号  2008年7月26日 「地理学的想像力から地学的想像力へ:酒井直樹氏の講演「翻訳と地図作席術的想像力」を聴いて」
111 2886号 2008年9月20日 「〈内部〉はいかにして形成されるか:生命の起源から魂の温床へ:福岡伸一『生命と無生物のあいだ』とジル・ドゥルーズの『襞』との接触面を探る」
112 2895号 2008年11月22日 「関根伸夫《位相―大地》四十年:敗戦後日本を代表する前衛藝術の記念碑を、現時点から再検討する・上」
113 2896号 2008年11月26日 「関根伸夫《位相―大地》四十年:敗戦後日本を代表する前衛藝術の記念碑を、現時点から再検討する・下」
114 2907号 2009年2月28日 「日系ブラジル人紳士録からの一頁
鈴木正威著『鈴木悌一 ブラジル日系社会に生きた鬼才の生涯』
115 2923号 2009年6月27日 「名画《不忍地図》の不穏なる絵解き―今橋理子著『秋田蘭画の近代ーー小田野直武『不忍地図』を読む』を読む 」
116 2932号 2009年9月5日 「隠蔽された意図とその解明ーダリオ・ガンボーニ『潜在的イメージ』に宿る潜在的可能性・上」
117 2933号 2009年9月12日 「隠蔽された意図とその解明ーダリオ・ガンボーニ『潜在的イメージ』に宿る潜在的可能性・下」
【書評】 トップへ戻る
1 1997年10月11日 書評 馬渕明子著『ジャポニスム:幻想の日本』
欧州近代の代替幻想--ナルシステイックな日本像と東洋優位論との桎梏のなかで
2 2441号 1999年6月12日 書評 佐藤道信著『明治国家と近代美術』
明治時代の美術環境実測のための原器
制度創成に密着した「美術」形成史研究
3 2509号 2000年11月11日 書評 岡真理著『彼女の正しい名前とは何か』
言葉に躓く経験、あるいは生き残るということ
物語への抵抗、ないしはテキストに穿たれた傷跡に寄り添う姿勢
4 2509号 2000年11月11日 書評 岡真理著『記憶/物語』
「ことばにならない哀しいため息」に耳を傾けること
他社解剖への抵抗と、文化という暴力を自ら引き受ける覚悟について
5 2731号 2005年6月25日 書評 サイモン・シャーマ著『風景と記憶』
西欧文化史を織り成す記憶の褶曲と断層
樹木と水流と岩山に投影された人間の想像力:提揄としての風景
6 2789号 2006年9月9日 書評 ジョルジュ・ディディ=ユーベルマン著『残存するイメージ:アビ・ヴァールブルグによる美術史と幽霊たちの時間』竹内孝宏・水野千依 訳 人文書院
「イメージはいかにして生まれ、伝播し、体験されるのか:二十世紀の知的精神史の生態を骨太な輪郭で縦横に描く」
2910号 2009年3月21日 書評 冒険譚・学術・植民地行政――仏印考古学史とフランス東洋学の再発掘  オリエンタリストの憂鬱――植民地主義時代のフランス東洋学者とアンコール遺跡の考古学 藤原貞朗
8 2923号 2009年6月27日 「名画《不忍地図》の不穏なる絵解き―今橋理子著『秋田蘭画の近代ーー小田野直武『不忍地図』を読む』を読む 」
9 2932号 2009年9月5日 「隠蔽された意図とその解明ーダリオ・ガンボーニ『潜在的イメージ』に宿る潜在的可能性・上」
10 2933号 2009年9月12日 「隠蔽された意図とその解明ーダリオ・ガンボーニ『潜在的イメージ』に宿る潜在的可能性・下」