1 25号 1998年1月 「今、日本美術史学をふりかえる」を聞いて pp.2-15
2 29号 1998年5月 若桑みどり ジェンダーの視点にたつ美術史をめぐる「男性」の言説について:稲賀繁美氏の「『今、日本美術史学をふりかえる』を聞いて」を読んで  pp.5-10
3 30号 1998年6月 鯛を太らせる蝦、あるいは蟷螂の鎌の駄弁:若桑みどり様へ
4 33号 1998年9月 若桑みどり 「稲賀繁美氏の鯛を太らせる蝦、あるいは蟷螂の鎌の駄弁」と題する誌上公開書簡:本誌30号への返答 pp.8-9
5 33号 1998年9月 「不発に終わった論争への(エピローグならぬ)モノローグ:あるいは鯛に悟られたのを悔やむ蝦の戯言 pp.9-10
6 74号 2002年2月20日 《書評》「希望」という名の知的投資
白川昌生 『美術、市場、地域通貨をめぐって』
pp.14-16
7 75号 2002年3月20日 藝術の誕生
pp.20-21
8 76号 2002年4月20日 規則と習熟のキアスム
藝術の終焉を語るまえに
pp.34-35
9 77号 2002年5月20日 可能世界としてのフィクション pp.32-33
10 78号 2002年6月20日 インドを呼吸した女流画家
秋野不矩(1908.07.25-2001.10.11)の画業を回顧する
pp.15-17
11 79号 2002年7月20日 岡倉天心のもうひとりの「お母さん」―シスター・ニヴェディータのことども pp.23-25
12 80号 2002年8月20日 理念なき「国際文化交流」からの脱皮のために pp.33-35
13 81号 2002年9月20日 「あいだ」を感じるフィンランド建築紀行 pp.33-36
14 82号 2002年10月20日 最後の手紙 千野香織様へ
北京日本学研究中心にて 2002年1月9日
pp.11-13
15 83号 2002年11月20日 サマランカ便り
2002年欧州文化首都の現状と課題
pp.33-35
16 84号 2002年12月20日 サラマンカ便りその2
小さな欧州文化都市の伝統と革新
pp.21-24
17 86号 2003年2月20日 文人画の終焉と再覚醒
富岡鐡齏晩年の文人画・南画の国際評価
pp.34-37
18 87号 2003年3月20日 《書評》 天野知香 『装飾芸術』(前) pp.19-21
19 88号 2003年4月20日 《書評》天野知香 『装飾/芸術』」(後) pp.29-32
20 89号 2003年5月20日 職人としての藤田嗣治
笹木繁男氏の連載の余白に
pp.31-35
21 90号 2003年6月20日 <詩の翻訳は化膿か?>金素雲『朝鮮詩集』の訳業と土田麦僊の風俗画を繋ぐもの
植民地絵画の読解のために
pp.7-10
22 91号 2003年7月20日 「知の共有財産・展覧会カタログの現在――制作から批評まで〉を聞いての愚感」 pp.23-28
23 92号 2003年8月20日 意味の生成:イメージとテクストのかかわりを読み解く上で―ポール・ゴーギャン「メイエル・デ・ハーンの肖像」を例として pp.26-30
24 93号 2003年9月20日 波と屏風そして西陣の錦―クラクフからの晩夏の便り pp.24-27
25 95号 2003年11月20日 ある家元の生活と意見
十五代樂吉左衛門宅訪問記
pp.28-31
26 96号 2003年12月20日 21世紀の日本武道の行方 pp.29-33
27 97号 2004年1月20日 《黄金の三角地帯》を目指して
『色の音楽・手の幸福――ロラン・バルトのデッサン展』関連シンポジウム「バルト・共感覚の地平」から」
pp.32-35
28 98号 2004年2月20日 「美術館教育から視覚文化教育とその彼方へ―国際シンポジウム「鑑賞教育はいかにあるべきか」より」 pp.19-25
29 99号 2004年3月20日 「パーフォーマンスとしてのチャンバラ」 pp.30-36
30 100号 2004年4月20日 《書評》 戸矢理衣奈著『エルメス』
木槿食ふ馬:超高級ブランド志向の社会心理と他文化販売戦略との文 
pp.40-42
31 101号 2004年5月20日 五月病の季節を迎えて:美術大学入学者の意識調査
入学時点希望調査 将来計画等類型
pp.29-35
32 102号 2004年6月20日 名作誕生の舞台裏
江戸時代後期『北越雪譜』出版の顛末から
pp.29-32
33 103号 2004年7月20日 尺度をつかさどるのは誰か
フーコーの振り子の傍らで
pp.34-39
34 104号 2004年8月20日 炎の育む金属の水滴が呉須の青い磁肌の表面に結露する
近藤高弘氏の工房探訪(2004年6月29日)
pp.39-43
35 105号 2004年9月20日 歴史の珍品とその命運
新発見の日独合作フイルム『武士道』(1926)をめぐって
pp.29-34
36 107号 2004年11月20日 自己懲罰の裁判記録:過程と変奏
アンリ・マティス展より
pp.23-31
37 108号 2004年12月20日 隣国の小さな宝物箱
金煥基美術館を訪問する[2004年11月5日金曜日]
pp.16-18
38 109号 2005年1月20日 古傷に宿る光
やきものと彫刻との亀裂に八木一夫を読む
pp.35-41
39 111号 2005年3月20日 幽玄、ワビ、サビ
「日本的なるもの」の創生とその背景」
pp.27-30
40 113号 2005年5月20日 戦争画と平和画のあいだ
歴史のなかの絵画作品の運命:丸木位里・俊夫妻 「原爆の図」再考 (上)
pp.39-44
41 114号 2005年6月20日 戦争画と平和画のあいだ
歴史のなかの絵画作品の運命:丸木位里・俊夫妻 「原爆の図」再考(下)
pp.31-34
42 115号 2005年7月20日 アジアの潜在力
<舟>としての島々と母胎としての海
pp.27-31
43 116号 2005年8月20日 漂流物からブリコラージュへ
日常の営みから美術館の壁を取り払う:アジアの潜在力を活性化するために
pp.32-38
44 118号 2005年10月20日 Anch’io son’pittore! 余もまた画家なり、ぼくかて画家です。
黒田重太郎覚書(上)
pp.30-33
45 119号 2005年11月20日 Anch’io son’pittore! 余もまた画家なり、ぼくかて画家です。
黒田重太郎覚書(中)
pp.14-18
46 120号 2005年12月20日 Anch’io son’pittore! 余もまた画家なり、ぼくかて画家です。
黒田重太郎覚書(下)」
pp.35-39
47 121号 2006年1月20日 フランスと日本のあいだ:「美術史におけるフランスと日本」
日仏美術学会25周年記念シンポジウムをめぐる感想若干
pp.29-35
48 122号 2006年2月20日 パンドラの希望:被写体・母胎そして楕円
グリセルダ・ポロック初来日講演に寄せて
pp.11-18
49 123号 2006年3月20日 「表象による憎悪を断ち切るために
国際シンポジウム『戦争と表象/美術 20世紀以降』より(上)」
pp.37-44
50 124号 2006年4月20日 表象による憎悪を断ち切るために
国際シンポジウム「戦争と表象/美術 20世紀以降」より(下)
pp.15-22
51 126号 2006年6月20日 異装・狂気・蕩尽・藝術という名のポトラッチ
国際シンポジウム「パリ、1920年代・藤田嗣治」余滴
pp.25-29
52 128号 2006年8月20日 イメージ解釈学の隠蔽に西欧二十世紀文化史の犯罪を摘発する
ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著『残存するイメージ アビ・ヴァールブルグによる美術史と幽霊たちの時間』を読む」
pp.22-26
53 132号 2006年12月20日 ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著『残存するイメージ アビ・ヴァールブルクによる美術と幽霊たちの時間』を読む pp.8-27
54 134号 2007年2月20日 メロン・レクチャー瞥見 
サイモン・シャーマの連続講演から
pp.17-23
55 136号 2007年4月20日 国境を跨ぐ交渉と規範の葛藤と:東アジア近代美術研究の将来にむけて T
AASアジア研究学会ボストン年次大会・報告」
pp.20-25
56 137号 2007年5月20日 国境を跨ぐ交渉と規範の葛藤と:東アジア近代美術研究の将来にむけて U
AASアジア研究学会ボストン年次大会・報告
pp.27-32
57 138号 2007年6月20日 国境を跨ぐ交渉と規範の葛藤と:東アジア近代美術研究の将来にむけて V
AASアジア研究学会ボストン年次大会・報告
pp.21-24
58 139号 2007年7月20日 博物館の夜にミネルヴァの梟はどこを目指して飛ぶのか?:植民地主義の図像学を,歴史の暮れ方から振り返る
アメリカ自然史博物館ルーズヴェルト・ホールの壁画をめぐる詮索若干
pp.28-44
59 140号 2007年9月20日 国際協調主義と国粋主義とのあいだ:島崎藤村の南米(上)
なぜ日本ペンクラブ初代会長は1936年ブエノス・アイレス講演で雪舟を論じたのか
pp.14-18
60 142号 2007年11月20日 国際協調主義と国粋主義とのあいだ:島崎藤村の南米(下)
なぜ日本ペンクラブ初代会長は1936年ブエノス・アイレス講演で雪舟を論じたのか
pp.16-23
61 143号 2007年12月20日 暗黒と黎明:ニコラ・プッサン《蛇に殺された男のいる風景》をめぐる断章
T.J.クラーク『死の光景:アート・ライティングのひとつの実験』の余白に
pp.24-29
62 145号 2008年2月20日 トポロジー空間のなかの21世紀世界美術史:国際美術史学会の最新動向瞥見(1) 
メルボルンにおける第32回大会「文化を横切って:葛藤・渡り・収斂」から
pp.18-24
63 146号 2008年3月20日 トポロジー空間のなかの21世紀世界美術史:国際美術史学会の最新動向瞥見(2) 
メルボルンにおける第32回大会「文化を横切って:葛藤・渡り・収斂」から
pp.24-31
64 147号 2008年4月20日 トポロジー空間のなかの21世紀世界美術史:国際美術史学会の最新動向瞥見(3) 
メルボルンにおける第32回大会「文化を横切って:葛藤・渡り・収斂」から
pp.24-31
65 148号 2008年5月20日 トポロジー空間のなかの21世紀世界美術史:国際美術史学会の最新動向瞥見(4) 
メルボルンにおける第32回大会「文化を横切って:葛藤・渡り・収斂」から
pp.27-32
66 149号 2008年6月20日 「お茶の東西・茶の湯はどこまで世界に通用するか」 pp.24-25
67 152号 2008年9月20日 pp.21-27
68 153号 2008年10月20日 「華厳経と現代美術 相互照射の試み(その2:地獄門)」
第2回国際華厳会議(フランス・ベレバ)発表論文」
pp.25-35
69 154号 2008年11月20日 「華厳経と現代美術 相互照射の試み(その3:生命の流沙)」
第2回国際華厳会議(フランス・ベレバ)発表論文」
pp.12-19
70 155号 2008年12月20日 「記憶収蔵庫はどこにあるのか?:第32回文化財の保存及び修復に関する国際研究集会 「“オリジナル”の行方:文化財アーカイヴ構築のために」雑感」 pp.21-29
71 156号 2009年1月20日 「発散と収縮 『セザンヌ主義:父と呼ばれる画家への礼賛』 横浜美術館ほか」 pp.13-20
72 157号 2009年2月20日 古寂びを帯びる《束の間》フランスから見る伊勢神宮:『日本の美学:時の働き――痕跡と断片』ミュリエル・ラディックの著書をめぐる公開円卓会議より(1)」 pp.13-20
73 159号 2009年4月20日 古寂びを帯びる《束の間》フランスから見る伊勢神宮(その2):『日本の美学:時の働き――痕跡と断片』ミュリエル・ラディックの著書をめぐる公開円卓会議より」 pp13ー22
74 160号 2009年5月20日 アカデミズムの世紀ーーフランス公式絵画再訪:島根県立美術館・会館10周年記念『フランス絵画の19世紀』に寄せて(1) pp.36-43
75 161号 2009年6月20日 アカデミズムの世紀ーーフランス公式絵画再訪:島根県立美術館・会館10周年記念『フランス絵画の19世紀』に寄せて(2) pp.31-43
76 162号 2009年7月20日 「現代において「デッサン」とは「技法」なのか?:そうでないなら、「デッサン」には、いかなる可能性があるのだろうか」 pp33−39
77 164号 2009年9月20日 「エミール・ガレと万国博覧会:十九世紀末ガラス産業の社会的認知闘争にまつわる備忘録メモ」 pp.22-28