歴史史料としての丸山眞男--戦後政治学パラダイムの呪縛を解くために

 丸山眞男の「超国家主義の論理と心理」は、日本の政治学者の論文として、海外でも広く知識人のあいだで 読まれた稀な例だろう。フランスでの仕掛け人はクロード・レヴィ=ストロース。『デバ』[論争]誌(21号 1982)に 掲載された英語からの重訳を、留学直後のパリで一読した時の驚嘆を今でも思い出す。そこにあったのは、戦後日本で 持て囃されたオピニオン・リーダーの姿ではなく、「国際的水準」をはるかに凌駕した、ひとりの学者の思索であった。

  ここに描かれた日本的組織の「無責任」構造は、はたして「自虐史観」推奨の元凶といったものだろうか。「被規定的意識 しかもたぬ個人」が「天皇からの距離」に比例した権威によって、上から規定されつつ下を規定するという連鎖構造。 またそれと不即不離の「主体的責任意識」の成立困難。果たしてこれらは西欧的な市民意識が未成熟で、個人の主体的 責任観念が未発達な日本を糾弾する欧米崇拝の一形態だろうか。むしろそれは今日問題にされている官僚組織や企業倫理の <腐敗>にそのまま温存されている、或る<仕組み>への冷徹な分析ではなかったか。自己解剖を自己否定と短絡して忌避する 態度こそ「自虐史観」後遺症だろう。

  広田照幸氏の『陸軍将校の教育社会史:立身出世と天皇制』(世織書房)は、はたして丸山政治学に言うような イデオロギー装置が、実際に皇軍の将校に「内面化」されてその行動を規定していたのか、という重大な疑問を呈した 労作として、話題を呼んでいる。至尊に対する代償なき無私の献身など空念仏にすぎず、むしろ実際の教育現場では、 立身出世欲が「国民ノ模範」たる名誉の観念へと接ぎ木されて、したたかに合理化される。本書はその様を縦横に実証して 壮観だ。だがそもそも丸山論文の中核は、お題目としての教義の「内面化」や「規範性」とは無縁な次元で、下部組織が個人の 倫理的判断を国家権力(=「天皇」の名)に白紙委任しつつ責任を代行=隠蔽し、集団的自己抑圧装置として機能することで、 「超国家主義」メカニズムを植民地や占領地で発動しえたことを指摘した点にあったのではないか。

  この論文の公表時、丸山は三一歳。陸軍船舶司令部に応召し、参謀部情報班に勤務していた広島で被爆した翌年のことで ある。そしてこの論文は著者自身を驚かせたほどの反響を招いた。ひとはともすればその後(50年代以降)の丸山を、この 論文に投影しがちだ。だが今や反対に、これを軍隊組織の一内部観察者による/に関する/歴史的史料として、検討すること も必要だろう。実体は漠たる天皇制イデオロギーなるものが、いかに批判的に内面化され(損なっ)たかを観察するための 証言として。時代の批判精神がいかなる形を取り、やがてそれがいかに崇拝や嫉妬を招く存在に祭りあげられたのかの 政治学を巡る一具体例として。