雅びとしての日本文化論−−近代天皇制批判に内在する癒着と陥穽

 「新幹線で東京から2時間半。そこは粋を究めた雅の世界」。この国の元国有鉄道のそんな広告コピーには、 背筋がいささか寒くなった。まず「粋」といえば、九鬼修造の古典『粋の構造』。だが昨年出版のジョン・ クラークによる僂骨の英訳が、なんと英語圏初訳。そこには日本語原典にもない引用出典が注記されていて重宝な こと確認するに止めよう。 

では「雅」(みやび)とは何なのか。この語には、平安朝の王朝女流文学だの、フランス渡りの「雅な宴」だのと いった、きらびやかな印象がつきまとう。辞書を引けば、雅は「宮ぶ」に由来し、これは「俚(さと)ぶ」、「鄙(ひな)ぶ」の 対極としての都会ぶりを表す、とある。「宮」とは「御家」に由来し、神社一般、だが煎じ詰めれば天皇家に収斂する。 とりわけ『源氏物語』は、宮廷を神聖視する宗教的心性に深く根をおろす形で、理想化された主人公を造形した。だが 光源氏という雅の具現者が、「世が世ならば皇位にも昇るべき」皇統の貴種だったことは看過しえない(秋山虔 『「みやび」の構造』1994)。そこには現実の政治権力を独占し領導した藤原氏の近傍にありながら、世俗的権勢を 超越する美の世界への思慕が色濃く滲み出ている。美への沈潜によって政治を忌避する回路が「雅」に結晶する。

さて「大東亜戦争」末期、「神の道」こそ「みやび」であり、「みやび」こそ、「皇神(スメラミコト)のおんすがたを仰ぎ 恋ひまつりつつ大君にまうす心」(蓮田善明)なり、とする解釈が現れる。時局ゆえの偏向とばかりはいえまい。 『源氏物語』を規範としてこの国の文学の正統を系譜化する限り、宮廷の文化的精華の模倣は、必然的に「雅のまねび」 に至る。ここに三島由紀夫の『文化防衛論』(1968)が立脚することは、T.フジタニも近著で指摘している。三島によれば、 天皇の大御心をまねぶ手段が、政治によって抑圧された閉塞状態下で、「みやび」はテロリズムの姿をさえ纏ったという。 国と民との分離状態を打破する変革の原理としての天皇。だが昭和天皇制は2.26事件の「みやび」を理解し損なった、と いうわけだ。

後宮の女房たちが、恋情を忍びつつ至尊に仕える姿。それが「雅」の原像だとすれば、それはまた、現実の政治からの 自己疎外と自己抑圧を忍びつつ、その心情が文化の領域で怨念として噴出することをも許容する。ここには(現実政治と いう)男性支配に虐げられた女性原理(「隠蔽と忍従」)に名を借りた政治の美学化こそが、日本文化の不可視の中枢をなすと いう、おそるべき論理が浮上してくる。

京都の秋を満喫する「雅」。一見無害な美的享受の態度の陰には、空疎な権力との想像上の一体化の夢想を介して、 鬱屈した私情を過激なる公憤として晴らすための、秘められた短絡装置が、人知れず用意されていたことになる。

Kuki Shuzo, The Structure of iki, tra. by J.Clark & Sakuko Matsui (Sydney, 1996);
T. Fujitani, Splendid Monarchy: Power and Pageantry in Modern Japan (California, 1996).

なお本稿はジョシュア・モストウ氏との議論に多くを負う。記して謝意を表する。