書評 馬渕明子著『ジャポニスム:幻想の日本』
欧州近代の代替幻想--ナルシステイックな日本像と東洋優位論との桎梏のなかで

稲賀繁美         図書新聞(1997/10/11)   


 よく知られるように、十九世紀後半から今世紀初頭にかけて、西欧の美術は「日本趣味」と呼べる 特徴を帯び、少なからぬ数の芸術家たちが、自分たちの創作を意図的に「日本」と結び付けて語った。 『ジャポニスム』を題名に冠した著書もすでに何冊もある。そのなかで、本書の著者は、『ゴッホ』 『ジャポニスム』『モネ』『ウィーンのジャポニスム』など、最近十年ほどの主要な展覧会に参画し、 国際的にも業績を知られている。それらの論考が、装いも新たに、読みやすい著作に纏められた(年表・ 索引完備)。慶賀したい。 フランス語の題名にも「表象と想像」とあるように、著者は当時のヨーロッパで 形成された日本美術観を、いわゆる「日本美術」と区分する。日本美術に関する情報収集の進展は、帝国主義の 世界制覇の副産物であり、異国の美を賛美する態度の裏には、西欧人著者たちの政治的・文化的な優越感が 垣間見られる。またジャポニスム現象の一端を担った明治の工芸品輸出政策が、輸出先の嗜好と相関関係に あったことも近年明らかにされてきた。さらに浮世絵師・北斎をもって日本最大の画家とみなす礼讚ぶりも、 印象派を擁護したフランスの共和派批評家たち周辺の、意識的な選択だった。西欧アカデミーの大芸術志向と 自然蔑視を打破するためにも、「民衆画家」北斎の出馬が要請されていたからである。

 夢想された日本を理想郷にまで高めたのがヴァン・ゴッホならば、大胆な色彩の活用のみならず、 大胆な俯瞰法、とりわけ《すだれ効果》と著者の呼ぶ垣間見の構図がクロード・モネの日本趣味美学と して指摘される。そのモネが妻に歌舞伎衣装を纏わせた《ラ・ジャポネーズ》は、評者の意見では装飾が 主題を凌駕するという転倒を孕んでいる限りで世紀末を先取りする「失敗作」だが、その延長上にクリムトら ヴィーン世紀末の装飾的肖像に代表される日本趣味も理解できよう。クリムトが流水紋、立涌、藤、唐草、 三つ鱗、丸に花などの文様を積極的に利用したとする仮説は、エゴン・シーレの神経症的な樹木の肖像を オーストリア工芸博物館蔵の金地の屏風と比較する提案と並んで、筆者らの創見だろう。 やや細部に わたるが、本書からさらに踏み込める論点を幾つか列挙しておきたい。まずヴァン・ゴッホの言う、日本人の 作品交換の習慣とは、江戸の狂歌連が作った刷り物貼り合わ帳に示唆された可能性があるのではないか。一茎の 草を研究する哲学者としての日本人像のヒントとなったのが『芸術の日本』誌の挿絵ではなかったのか(ヴィーン 世紀末の作家、ペーター・アルテンベルクも、なぜかこれそっくりの日本美術観を表明している)。また 《すだれ効果》の種となった北斎、広重らの奇抜の構図はそれ自体、西洋の透視画法を江戸の画家たちが 換骨奪胎した結果ではなかったか。ゴッホの《ムスメ》は『芸術の日本』に載った懐月堂の美人画の複製とは 無関係なのか。セザンヌが自分は日本など大嫌いと証言したとの噂は、ベルナールらの日本趣味への反発の とばっちりではないか(なお、サント・ヴィクトワール山の連作と《富嶽三六景》との類似は、田中英道以前に、 ピエール・フランカステルの『絵画と社会』[1951]図版解説に指摘あり)。さらに今日我々の常識的な 日本美術観が「日本趣味」と乖離したのは、西欧側の選択の結果のみならず、日本側の公式美術編纂上の国策の 反映とは言えないか(1900年パリ万博『帝国美術史略稿』史観) 日本国籍をもつ研究者が日本趣味の研究に 携わることに、当初著者は「姑息なナショナリズムではないかという後ろめたさ」を感じたという。そっくりな 「源泉」を発見し、「日本」によって西洋近代美術を説明するナルシスティックな快感は、「日本」(あるいは 「東洋」)の自然観を「西洋」のそれと対比したい欲望とも表裏一体となる。「美術史」という学問の背後に 渦巻くこうした欲望の文化交流史--本書はその磁場を計測している。

「馬渕明子 『ジャポニスム 幻想の日本』
1997年9月9日刊、A5版288頁、本体3400円・ブリュッケ」