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西国三十三所観音巡礼
 日本における最古の巡礼であり、観音巡礼の元祖となる。
 縁起によると、養老二年(718)大和長谷寺の徳道上人が没し、地獄で苦しむ亡者の姿を見た。上人は、閻魔大王から観音巡礼をすれば地獄に堕ちないという誓願を得て、三十三の宝印を受ける。蘇生した上人は巡礼の功徳を説こうとしたが、まだ機が熟しておらず、宝印を中山寺に納めた。その後、永延二年(988)花山法皇は熊野権現の神託によって、河内石川寺の仏眼上人を先達とし、性空上人らととともに巡礼を復興したという。
 史実としては、『寺門高僧記』行尊伝の寛治四年(1090)の巡礼記が最初の資料となるが、疑問点が多い。確実な資料は、同じく『寺門高僧記』覚忠伝の巡礼記で、応保元年(1161)に巡礼している。山岳寺院が多く、当初は修験者が修行を目的としたと思われるが、室町時代には在家の巡礼する姿が記録されている。江戸時代になると、庶民も巡礼に参加するようになり、多数の道中記や案内書、詠歌集などが刊行された。



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