第二十三番応頂山勝尾寺
大阪府箕面市粟生間谷2914-1

宗派=高野山真言宗
札所本尊=千手観音
開山=善仲・善算
開創年代=神亀四年(727)


 縁起によると、藤原敦房の子、善仲と善算の二人が、当地に草庵を結んだのが始まりとされる。二人が『大般若経』六百巻を書写しようと発願した日に、雷が山に落ちたので、その場所に経文を納めることにした。
 やがて、光仁天皇の皇子である開成皇子が出家して、二人の仏弟子となる。二人の死後は、皇子が遺志を継いで、宝亀六年(775)『大般若経』の書写を終えた。これを土中に埋めて、その上に堂を建てて弥勒寺と号した。平安時代になって、寺名は勝尾寺に改められている。
 寿永二年(1183)源平の兵乱のため焼失するが、源頼朝、梶原景時、熊谷直実が信仰し、復興に努めた。これらの供養塔が現存している。
 浄土宗の宗祖法然上人が晩年、四国への流罪を許されて勝尾寺に逗留した。その場所は、境内の奥まったところに、二階堂として残っている。

井上隆雄氏蔵

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