第九番興福寺南円堂
奈良市登大路町48

宗派=法相宗
札所本尊=不空羂索観音
開基=藤原冬嗣
開創年代=弘仁四年(813)


 大津の地に都があった天智天皇の八年(669)、藤原鎌足が病を得たので、鎌足の正室鏡女王が、山城国山科に山階寺を建立、鎌足の病気平癒を祈願したのが、興福寺の草創とされる。その後、都が再び飛鳥に移ると、この寺も高市の厩坂に移され、厩坂寺となった。さらに、元明天皇のニ年(709)の平城遷都の時に、藤原不比等が現在地に移し、興福寺と改めた。
 札所の南円堂は、藤原冬嗣の願いによって、弘仁四年(813)弘法大師が開眼の導師となったという。伝説によると、春日明神が老翁の姿で現れて建立を助け、完成した時に、「補陀落や南の峰に堂建てて今ぞ栄えん北の藤波」と詠んだので、南円堂としたという。
 現在の堂は寛保元年(1741)に再建されたもので、補陀落山をかたどった八角円堂となっている。

井上隆雄氏蔵

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