第三番風猛山粉河寺
和歌山県那賀郡粉河町粉河2787

宗派=粉河観音宗
札所本尊=千手観音
開基=大伴孔子古
開創年代=宝亀元年(770)


 鎌倉初期の『粉河寺縁起』(国宝)が伝わる。猟師の大伴孔子古が獲物を狙っていた時、山中に異様の光が発しているのを見て、弓矢を捨てて、尊像を造立したいと誓願した。ある日、一人の童子(童男行者)が一夜の宿を乞い、その礼に千手観音を刻んで、姿を消してしまう。孔子古は童子が観音の化身だったと悟り、堂宇を建立して、観音を礼拝した。
 そのころ、河内国の長者、塩川佐太夫の娘が重い病のため危篤となったが、童子が現れて、祈祷すると全快した。そして、「用があれば、粉河を訪ねよ」と告げて、娘の箸箱のみを受け取って去って行った。翌年、佐太夫が紀伊国に赴くと、米の粉を流したように水が白くなった川があるので、これが粉河に違いないと、たどって行くと、孔子古が礼拝する小堂がある。安置された観音像を拝したところ、その手に娘の箸箱が掛かっていた。感激した佐太夫は、孔子古とともに伽藍を建立したという。

井上隆雄氏蔵

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