第一番那智山青岸渡寺
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地

宗派=天台宗
札所本尊=如意輪観音
開山=裸形上人
開創年代=仁徳天皇の御代


 西国巡礼は紀伊半島の南の端、那智山から始まる。
 縁起によると、仁徳天皇のころ、天竺から渡来した裸形上人が、那智の大滝から八寸の観音像を感得。後に、推古天皇の勅願によって、生仏上人が三メートルの如意輪観音を刻み、裸形が感得した観音像を胎内仏としたという。
 日本一の大滝を中心とした古代の自然崇拝が、起源と考えられる。また、白鳳時代の金銅仏が出土しており、このころまでに仏教の要素が流入していた。
 院政期になると熊野信仰が盛んになり、熊野御幸が頻繁に行われる。また、山麓では観音の浄土である補陀落に赴く補陀落渡海が、江戸時代まで続いた。
 平安末期には近江国三井寺の支配下に入り、その関係で西国第一番となる。江戸時代になると、江戸から伊勢参詣を終えた後、宇治山田から那智に至るコースが定着した。

井上隆雄氏蔵

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