扁額は三十三枚中ただ一つ、俯瞰的な視点からの境内図ではなく、松の木と南円堂のみ描いている。
 冬嗣は、氏寺興福寺に南円堂を建立し、衣冠束帯でうやうやしく神歌を記した短冊をいただき、影向した春日明神を礼拝している。
 冬嗣は一族の繁栄と父の菩提を祈念して、一千体の観音像を地中に埋めた。その際、多くの人夫に混じって、春日明神もまた鍬を振るった。人夫の姿はすでになく、冬嗣の背後、菅笠と鍬がのこされている。そこから霊気が立ちのぼり、白髭をたくわえ、白鹿に乗った衣冠姿の春日明神が影現する。濃い霊気はさらに扁額中の興福寺南円堂に至り、御詠歌をうかびあがらせている。
 南円堂の傍らの松林には幹にからんだ藤が描かれ、これは藤原氏の子孫繁栄をあらわしたものである。
廣重美術館蔵

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