石持の付いた着物を着している老婆は、画面左端にいる少女の育ての親である。また、画面左上へ視線を注ぐ少女は、後の光明皇后である。髪飾りである早苗と足元に置かれた笠が、田植えの最中に藤原不比等の目に留まった霊験譚の画面を示唆している。不比等は、槇尾寺参詣の帰途であり、公家装束で扇を手にしている。傍らの垂髪の侍者は、太刀を捧げ持つ。画面は、不比等が育ての親である老婆から少女を乞いうける場面を表している。
 霊験譚では、光明皇后を智海上人の尿をなめた雌鹿が生んだ娘であるとする。修行者の尿を飲んだ鹿から子供が産まれるという話は、インド起源の一角仙人説話に基づいた可能性がある。この設定は『大智度論』などの経典には見られるが、『今昔物語集』等では割愛されている。
廣重美術館蔵

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