人魚
 聖徳太子は、この石寺村を日暮れにお通りになったところ、芦原の中から、上半身は人で下半身が魚というものが出て、「私は前世で、殺生を好んだ業によってこのような身となりました。どうか聖徳太子様、慈しみの念を抱かれて、当所に千手観音を安置し、伽藍を建てていただけませんか。そうしてくだされば、すぐに苦しみを免れて天上に行くことができます」と言うので、聖徳太子はすぐに堂を建て、千手観音の像を彫り、彼の菩提を七日間弔われた。七日目に天人が降りてきて聖徳太子に会い、「我生天中受勝妙薬」と唱えて「私は、聖徳太子の慈悲の力により、すでに利天に生まれかわりました。ありがとうございます」と言って飛び去ったということである。

廣重美術館蔵

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