結城宗太夫
 鴻の浦の漁夫結城宗太夫は、常に観音を信じ、特に慈悲深く、村民をいつくしんでいた。ある時、十七艘の夜船が突然の大風で破損し、全員の行方がわからなくなり、結城宗太夫のみが羅刹国へ流された。一時の命は助かったけれども、鬼女に捕らえられて、また命が危うくなったので、一心に観音を祈念したところ、夢の中の出来事のように白馬が現れて、結城宗太夫を乗せて空を走って、当所に至った。はじめて夢が覚めた心地がして白馬のゆくえを尋ねたところ、当山に登った足跡があり、さては観音が命を助けてくれたのだと知り、馬頭観音を刻んで当山に祀っていた。このことを一条院がお聞きになり、勅命があって、堂舎を御建立になった上、それを結城宗太夫に下賜された。これ以来、宗太夫の子孫が代々、この堂の主となった。その妻子たちが百ヶ日の弔いをしている日に宗太夫が無事に家へ帰ったことは、不思議な霊験である。
 

廣重美術館蔵

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