赤松氏範
 当山は法道仙人の開基であり、堅固な霊場である。金堂は推古天皇、講堂は聖武天皇、薬師堂は池の二位殿、大塔は祇園女御、阿弥陀堂は頼朝公の御建立である。すなわち金輪聖王が天下安全の御祈願をした所であるので、昼夜の勤行を怠ることがなかった。また霊験もあらたかである。赤松氏範は前の関白師基に吉野で打ち負け、身に数ヶ所の傷を受け、当国に帰り、義詮の元へ下ったが、その後清水で戦って、ついに自害してしまった。五十七歳であった。家臣の伊藤民部と今村五郎は、乙若丸を助けて薩摩へ逃れる時、深くこの尊像に祈って敵からの危機を免れたということである。
 

廣重美術館蔵

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