山蔭中納言
 中納言が六歳の時に父高房公と共に西国へ下向している途中、淀の渡り穂積の橋で大きい亀をつかまえて殺そうとする者がいた。高房公は常に観音を信じ、慈悲深い方でいらっしゃったので、この亀を買い取って放しておやりになった。その翌朝、乳母が高房公の子を海中へ落とした際、風が烈しく吹いて、ついに見失ってしまった。高房公は悲しみのあまり長谷寺の方を拝んで、「我が子に再び会うことができれば、千手観音の尊像を彫って、永く信仰いたします」と祈ったところ、不思議なことに昨日放してやった大亀が子供を甲に乗せて助けてくれた。高房公は、観音の利益に深く感悦し、急いで尊像を造ろうとされたが、志半ばにしてお亡くなりになられたので、その子供の中納言が父の志を継いで、唐から栴檀香の霊木を取り寄せて、観音の化身の童子が彫られた尊像がこれである。よって霊験は格別にあらたかである。
 

廣重美術館蔵

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