辰女
 亀山の城下町に住む金谷某の下女の辰は、常に穴太寺の仏を深く信じていた。御寺まで一里半も離れているにもかかわらず毎月の御縁日には、参詣を欠かさず、乞食や犬、猫にもよく食べ物を与えるという、慈悲深い者であった。しかし辰は、その頃世間でもっとも流行した疫病ににかかり、死の瀬戸際であった。そんなある夜、主人が家の中を見廻っていた時、辰の寝ている部屋を見ると光明が輝いていたので、不思議なことと思い、急いで辰を起こした。辰は驚いて目を覚まし、主人に向かって、「なんと有難いことでしょう。今、夢に穴太寺の者が、私の口へ柳の枝を用いて鉢の水を注いだところ、苦痛がすぐに治まったのです」と語った。その翌日から辰は食事ができるようになり、間もなく全快したのであった。そのためにますます信心し、祈ったところ、ついに安楽の身になったのは、本当に有り難い御利益である。
 

廣重美術館蔵

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