芭蕉翁桃青
 芭蕉翁は常に『観音経』を信じ、中でもこの岩間寺の観音を念じて閑素幽棲の風流を志していたところ、ついにその霊験を受け、末代まで名を天下に知らしめることとなった。紫式部はこの辺りの石山寺の観音堂にこもって念じ、『源氏物語』の秀作があり、芭蕉翁はこの山つづきの国分山に三年間住んで『幻住庵の記』を書かれ、一夏の間に『法華経』二十八品を一石に一字づつ書こうと思って里の童たちに小石を拾わせ、持ってきた者には、そのお駄賃として菓子などを与えた。童たちは翁を慕って集まり、早々にその仕事が終わった。そして『幻住庵の記』の奥書に次の一句がある。
 「先たのむ椎の木もあり夏木立」はせを

廣重美術館蔵

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