春日の社司 中臣信近
 後一条院の時代に、信近[信清の長男]が蛇眼瘡を病って、様々に手をつくしても回復の兆しがなく、元来業病であるので、神仏を祈る以外ないと、この長谷寺の観音を一心に念じていたところ、御寺の方から烏が飛んで来て、瘡の中から小さい蛇を喰い出す夢を見た。すると、すぐに苦痛を忘れ、ほどなくして病が治ったので、大悲の利益を報じようと思い、長大な回廊を建立した。それ以外にも未来男の霊験、中将姫の霊験、唐馬頭夫人の霊験、新羅国照明王の后の利生、吉備大臣が大唐にて野馬台の詩をよんだ霊験、源氏物語玉葛の尋ね人に逢ったという霊験、住吉物語にも長谷寺の観音は恋路を祈る際によく叶えてくれるという話があり、謡曲にも、足曳の大和路や大唐までも聞ゆなる初瀬寺に詣つつ(大和への路は中国の唐まで聞こえるほどである、初瀬寺に詣でながら)とあるのももっともなことである。古今の霊験は枚挙にいとまがないほどである。ただ頼んで、信じるべきである。
 

廣重美術館蔵

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